ネズミ実験
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/04 13:59 UTC 版)
「ジョン・B・カルフーン」の記事における「ネズミ実験」の解説
1960年台前半、アメリカ国立精神衛生研究所(NIMH)は、メリーランド州ブルースビル近郊に農地を取得した。この土地に建てられた施設ではカルフーンが率いたプロジェクトをはじめ、さまざまな研究プロジェクトが行われていた。1968年7月、4組のマウスがこの実験施設へと移入された。生息地は9フィート(2.7m, 110インチ)の正方形で金属製の檻で、高さは4.5フィート(1.4m、54インチ)の側面がついている。各面には、各面が4つの垂直なグループの「トンネル」と呼ばれる金網があり、「トンネル」から巣箱、給餌器、給水器にアクセスできるようにされていた。餌や水、巣の材料に不足はなく、外敵もいない。唯一の困難は空間が制限されていることのみである。 当初は55日ごとに個体数が2倍に急速に増えていった。315日目には620匹に達し、その後は成長率が著しく鈍化し、145日ごとにしか倍増しなくなった。最後の死産ではない出産は600日目であり、この実験の設定では3840匹のマウスを収容可能としたものの、総個体数は2200匹に留まった。この315日目から600日目の間には社会構造と正常な社会行動が崩壊していることが判明した。行動上の異常としては、子離れの前に子を追い出したり、子の負傷の増加、同性愛行動の増加、支配的な雄が縄張りと雌の防衛を維持できなくなる、雌の攻撃的な行動、防衛されることのない個体間攻撃の増加と非支配的な雄の無抵抗化、などがある。 600日以降でも、社会崩壊は継続し、個体数は絶滅に向けて減少していった。この時期には雌は繁殖をやめていた。同時期の雄は完全に引きこもり、求愛動作、戦闘を行うことはなく、健康のために必要なタスクだけに従事した。食べる、飲む、寝る、毛づくろいをするなど - すべて孤独な作業として、である。このような雄はつやつやとした傷のない健康的な毛並みが特徴的で、「ザ・ビューティフル・ワン」と呼ばれた。繁殖行動は再開されることはなく、行動パターンは永久に変わってしまった。 この実験の結論は、利用可能な空間がすべて取られ、社会的役割が埋まると、各個体に経験される競争とストレスが複雑な社会行動を完全に崩壊させ、最終的に個体数が終焉を迎えるということだった。 カルフーンはネズミの個体数の運命を人間の潜在的な運命へのメタファーと捉えた。この研究はビル・バーキンスなどの作家によって、「過密が増加している、非人間的な世界」で生きることの危険の警告として引用されている。
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