ニーチェとジェイムス 有用説
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「真理」の記事における「ニーチェとジェイムス 有用説」の解説
(画像左)ニーチェ(画像右)ジェームス ニーチェはある意味でカントの理論の継承者である。カントは、主観/客観の二項対立図式を前提としつつ、現象と物自体を厳密に区別し、ショーペンハウアーは、理性によっては認識できない物自体という概念を維持しつつ、現象とは私の表象であり、物自体とはただ生きんとする盲目的な意思そのものにほかならないとして理性を批判した。ニーチェは、このような図式を引き継ぎ、生とは、すべてを我がものとし、支配し、超え出て、より強くならんとする権力への意志であるとし、従来の真理の概念をひっくり返し真理は一種の誤謬であるとする。ただし、それはそれなしではある種の生物である人間が生きてはいけないという厳しい条件のついた誤謬であるとして、真理を理性と共に生に従属させ、人の生に有用であるか否かをもって真理の基準とした。 このように、ニーチェは大陸合理論におけるヘーゲル批判という文脈で真理の有用説に到達したが、これとは別の経路、つまりイギリス経験論を鍛えなおす形で有用説にたどり着いたのがウィリアム・ジェームズである。プラグマティズムは、論者によってそうとうな主張の相違があり、その内容は一様ではないが、おおむね経験・科学を重視して形而上学に反対し、キリスト教の伝統に則りながらも、進化論を否定しないという中庸で実利的な傾向を持つ。その主著『プラグマティズム』において、ジェームズは、相容れない脆弱型精神と強靭型精神の二種類の気質から哲学史の思想を区別し、その両者を媒介する思想が必要であり、それがプラグマティズムであるとする。それは、思想の意味を理解するためにはその思想がもたらす行動こそが全てであるとし、思想を自然を改変するための道具と位置づけ、思想が生存するために必要な実利に合致するならばそれは真理であり、真理の役割とは現実に思考を方向付ける過程にあるとする。他方で、彼は、厳しい自然の中で人間の生存に不可欠なものとして慣習的に発展してきた常識を重視し、性急な改革を戒める。真理とは長い時間をかけて常識によって発展してきた信用制度によって確立されており、信念や思想が反発されない限りはそれは真理として妥当する。ジェイムスのプラグマティズムは、相容れない脆弱型精神と強靭型精神の二種類の気質を区別し、これが媒介する思想が新たに社会を発展させていくという意味でヘーゲルの全体的整合説の影響を受けたものであった。
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