ザトウクジラの歌
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/19 16:49 UTC 版)
クジラのなかの二つのグループ、つまりザトウクジラと、インド洋で見出されるシロナガスクジラの亜種は、クジラの歌として知られる、様々な周波数での反復的な音を発することが知られている。海洋生物学者フィリップ・クラファム Philip Clapham は、この歌を、「動物界におけるおそらくもっとも複雑な[歌]」と形容した。 雄のザトウクジラは、交配期に限ってこのような発声を行う。そこから、歌の目的は、性的選択を補助するためであろうと推測される。歌が、一頭の同じ雌を争う雄同士の競争が目的の振る舞いか、テリトリーを定めるための手段か、あるいは雄から雌への「恋の駆け引きによる戯れ」のようなものか、いずれであるか不明であるが、現在研究が進められている。 クジラの歌への関心は、1971年に歌を解析した研究者、ロジャー・ペインとスコット・マクヴェイ Roger Payne and Scott Mcvay によって引き起こされた。歌は、明瞭に区別される階層構造に従う。歌の基本単位(時として、「楽音」と呼ばれる)は、数秒間ほど継続する、中断のない単一の発声である。これらの発声音は、20ヘルツから10キロヘルツまでの周波数で変動する(人間は、典型的には、20ヘルツから20キロヘルツの音を聞くことができる)。単位は、周波数変調が可能であり(すなわち、楽音において、音は高くなったり低くなったり、同じ周波数に留まったりする)、また振幅変調可能である(音量が変化する)。 四個または六個の基本単位から成るセットは、サブフレーズとして知られ、十秒ほど続く。二つのサブフレーズからフレーズが構成される。クジラは典型的には、二分から四分のあいだ、同じフレーズを幾度も繰り返す。これを、テーマと呼ぶ。テーマの集まりが、すなわち歌となる。クジラは同じ歌を繰り返し、歌は二十分ほど続き、更に繰り返され、何時間にも渡って続き、数日にも及ぶことがある。この「ロシア式入れ子人形(マトリョーシカ)」的な音の階層は、科学者の想像力をかき立ててやまない。 更に、個々のクジラの歌は、時間と共にゆるやかに進化する。例えば、一ヶ月に渡る時間の経過と共に、「アップスウィープ」(周波数における増大、つまり低音から高音への推移)として始まった特定の単位が、ゆるやかに平坦化して、定周波数の音になることがある。別の単位は、一貫して音量が大きくなって行く。クジラの歌の進化のペースが、また変化する。何年か、歌が非常に急速に変化することがありえ、別の数年のあいだは、ほとんど変動が記録されないこともありえる。 同じ地域のクジラは、わずかなヴァリエーションはあるが、類似した歌を歌う傾向がある。テリトリーに重複のないクジラは、まったく異なるユニットの集積をうたう。 歌が進化して行っても、古いパターンがもう一度立ち現れることはないと考えられている。クジラの歌を19年にわたって分析した結果では、歌の一般的なパターンは、点在して出現し得るが、同じ組み合わせは二度と再現されないことが分かった。 ザトウクジラはまた、歌の一部を構成するのではない、孤立した音を、とりわけ、求愛行為のあいだ、発することがある。 最後に、ザトウクジラは、三番目の分類となる、フィーディング・コール(feeding call)と呼ばれる音を発する。これは、定周波数に近い、長い音(声)であり、5-10秒程度持続する。ザトウクジラは一般に、群として集まることで、協調して摂食する。魚群の下側で遊泳し、全員が、魚の群を突き抜けて垂直に上方に突進し、一緒に水から飛び出る。この突進の前に、クジラはフィーディング・コールを発する。このコールの正確な目的は分かっていない。しかし研究によれば、魚たちは、この声が何を意味するのかを知っているようである。録音した音を再生して魚たちに聞かせると、ニシンの群は、音に反応して、実際にはクジラがいないにもかかわらず、コール音を避けて移動した。
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