コンホヴァル王の死に伴う体制の変化
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「フェルグス・マク・ロイヒ」の記事における「コンホヴァル王の死に伴う体制の変化」の解説
フェルグスとの因縁深いアルスター王コンホヴァルは、キリストの磔刑の知らせを受けた際の激情が原因で、かつてコナハトの戦士ケト・マク・マーガハ(英語版)から受けた古傷を悪くし、フェルグスの復讐の刃をその身に受けることなくこの世を去る(『コンホヴァル・マク・ネサの最期』)。 ダ・ホカの館 クルアハン エヴィン・マハ ダ・ホカの館は現在のウェストミーズ県ブライアンモアの丘の上に建てられていたとされる 『ダ・ホカの館』はコンホヴァル没後のアルスターにおきた継承問題を取り扱う。コンホヴァルの継承者の候補は彼の二人の息子である長兄コルマク・コン・ロンガスと弟クースクリド・メンの二名に絞られる。クースクリドは自身の里親であるコナル・ケルナッハとその氏族から非常に強く支持されていたが、彼は政争が内戦へと発展して双方共倒れになるのを恐れ、コナルの居ぬ間に後継者の座を辞退してしまった。 コルマクはアルスターの人々から乞われ、亡命していたコナハトを離れ王となるため祖国に戻る。ところが彼はこの帰路で、直接的にはアルスターを略奪したコナハト兵の一団と争いを起こすことで、間接的には自身に課されたゲッシュを破ることで、後の破滅の原因を作ってしまう。 コルマクの戴冠を歓迎していたメイヴであったが、コルマクの一行から逃げおおせたコナハト兵からの報告を受けるとその態度は一変し、彼を亡き者しようと企む。彼女はフェルグスの下に向かうと彼がコンホヴァルへ抱えるわだかまりを利用して「そなたを国外に追放したコンホヴァルがそなたの代わりにネスとの間に拵えた子、コルマクが王位に就くのをただ眺めているとは寛大なことだな」と言葉巧みにコルマクとの関係を裂きにかかる。コルマクの一行からはメイヴを執り成すことを密かに期待されていたにも拘わらず、フェルグスはこの口車に乗って彼らへの追撃を容認してしまう。 戦いの疲れを癒すためダ・ホカの館で宿泊していたコルマクらと、メイヴが遣わせた追手はこの館で両軍の殆どが戦死するほどの激しい戦いを繰り広げ、コルマク本人も先の戦いで息子を彼らに殺されたケト・マク・マーガハらに敗れ戦死する。メイヴの口車に乗りコルマクを見殺しにしてしまったフェルグスの悲しみは、コルマクに同行し彼と共に戦死した自らの二人の息子、「美丈夫の」 Illann と「片目の」フィアフラに対するそれよりも深く激しいものであった。 『Airtech の戦い』は『ダ・ホカの館』の後日談にあたり、クースクリドの戴冠とフェルグスとアルスターの和解について触れる。コルマクの死後アルスター人は再び会議を開きコナルに王位に就くよう要請するが、彼はこれを推辞してクースクリドを王座へと就けた。新体制のアルスターは軍事力の弱さから度々侵略を招いたため、アルスター人は対策を講じ、フェルグスと和平を結び彼をコナハトから呼び戻して守護に当たらせる事とする。一方こうしたアルスター側の動きに呼応し、メイヴはフェルグスを引き留めるために先立ってのダ・ホカの館の争いでコルマクと共に命を落としたフェルグスの2人の息子の為にクワルを支払おうと提案したが、その甲斐なく彼は妻フリディッシュを伴いアルスターへと帰っていった。こうしてしばらくはアルスターに居を構えていたフェルグスであったが、鯨飲馬食の生活を支えていたフリディッシュに先立たれると暮らしが立ちいかなくなり、コナハトへと帰参することとなった。
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