ゲシュトップフトの起源
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/16 23:20 UTC 版)
「ゲシュトップフト」の記事における「ゲシュトップフトの起源」の解説
もともとは、バルブ装置をもたないナチュラル・ホルンの演奏に際して、自然倍音列以外の音を演奏するための、ハンドホルンの技法であるハンドストッピングから受け継がれたものである。自然倍音に対して、ゲシュトップフトで半音ほど高い音が得られ、ハーフ・ストップにより半音から全音低い音が得られる。従って開放音(=通常の自然倍音)とゲシュトップフトやハーフ・ストップを組み合わせることで、中音域において旋律を(音色が不均一になるものの)演奏できるようになる。 ハンドホルンの技法は、18世紀中ごろにドレスデンのホルン奏者であったアントン・ヨーゼフ・ハンペルによって開発されたといわれている。ただし、トランペットなどのベルに手をあてがって音程を調整する手法そのものは、それ以前から知られていたものであり、ハンペルの貢献をどの程度評価するかは立場の分かれるところである。 ハンドホルンの技法が確立される以前のホルンは、ベルを上に向けて演奏する事もあった。現代ホルン奏法のベルを後ろに向け手を添える構え方は、ハンドホルンの技法が確立することによって生み出されたものである。 ナチュラルホルンにおけるハンドストッピングの利用は、モーツァルトやベートーベンの楽曲の中に実例を見ることが出来る。この時代のホルンのパートは、主に高音を担当する1番奏者と低音を担当する2番奏者のペアで組まれるのが通例である。高音奏者はひたすら高音を演奏する事に勤めるのが常であったのに対して、低音奏者はハンドストップの手法を駆使して、ソロパートを受け持つ役割も持っていた。この時代、熟練した奏者は、演奏に際してハンドストッピングの使用法を熟知しており、楽譜上にはとくにハンドストップを指示する記号などがかかれていたわけではない。自然倍音列によって演奏することが出来ない音は、当然ハンドストップによって演奏されていたのである。いわゆる古楽演奏で、この時代のホルンの含まれる編成の音楽を注意深く聴けば、ゲシュトップフトの金属的な音やハーフ・ストップの暗いくぐもった音が含まれる事に気付くであろう。 時代が下りバルブホルンが開発され、オーケストラ奏者に普及するにつれて、自然倍音で演奏できない音を演奏するための技法としてのハンドストッピングの手法は、時代遅れのものとなっていった。しかしながら、ベートーベンの第3交響曲のスケルツォなど、ゲシュトップフトの金属的で荒々しい音色が効果的に利用されていたのも事実で、このような用法は後の作曲家によっても受け継がれる事となる。ブラームスは自らがハンドホルンの奏者であった過去を持つことからハンドホルンの演奏法を熟知しており、バルブホルンが普及した時代にあっても、ナチュラルホルンの演奏技法を念頭において作曲を行った作曲家の一人である。彼はバルブホルンの演奏者に対し、ハンドストップの音色を出させるために、楽譜にgestopftの指示を書いた。このような経緯をたどって、ゲシュトップフトの技法がオーケストラのホルン演奏の技法として確立された。
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