アメリカ合衆国の「永遠の繁栄」
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/23 07:38 UTC 版)
「近代から現代にかけての世界の一体化」の記事における「アメリカ合衆国の「永遠の繁栄」」の解説
詳細は「狂騒の20年代」、「ラジオ」、および「ジャズ」を参照 アメリカにとって1920年代は、これまでにない繁栄の時代だった。流れ作業とベルトコンベアなどの機械化とを組み合わせたアメリカ式の新生産方式を代表するフォード・モーターは、安価な乗用車を大量生産し、定期的モデルチェンジ・広告・割賦販売など大量販売方式を組み合わせて、電気洗濯機や電気掃除機など快適な家庭電化製品やラジオ・映画の普及とともに、大量消費を楽しむ新しい生活スタイル(アメリカン・ライフ)や大衆文化をうみだした。 20世紀はじめに南部でうまれたジャズは、1920年代には北部の白人社会で受容され、各地にジャズ・バンドがうまれた。また、ホームラン王ベーブ・ルースの活躍などに代表されるアメリカ大リーグ、パット・サリバン創作のフィリックスやミッキーマウスなどウォルト・ディズニー・カンパニー製作のアニメーション映画、水着スタイルの最初の美人コンテストなど、20年代は、こんにちのアメリカ文化の原型が多くつくられた時代だった。 この時代のアメリカの繁栄を象徴するものに上述のラジオがある。1920年にピッツバーグでラジオ放送が開始されると、ラジオ受信機は急速に普及した。大量生産により生産されたラジオの保有台数は1929年には1,000万台に達している。これを通じ、ジャズなどの新しい文化が普及した。のちに世界恐慌のさいに大統領となったフランクリン・ルーズベルトはラジオを用いた炉辺談話を行って直接国民に語りかけた。また、ラジオ放送を可能にした電波は軍事目的にも利用されることとなった。 アメリカは、大戦で疲弊したヨーロッパ諸国にかわって世界経済の覇権を握り、国としても債務国から債権国に転じた。ニューヨークにはクライスラービルをはじめとする摩天楼(超高層ビル)が建てられた。この時代を「繁栄の20年代」「黄金の20年代」あるいは「永遠の繁栄」などと呼んでいる。 その一方で、孤立主義をとるアメリカは国際連盟には加盟せず、国内でも保守的なムードが強まり、1921年にはサッコ・ヴァンゼッティ事件が起こってイタリア系移民労働者が逮捕され、先述したようにKKKの活動が活発化し、また、異文化をもちこむ移民を制限する法律や禁酒法が制定された。繁栄の20年代は、一面では「不寛容な20年代」でもあった。禁酒法によりノンアルコール飲料が注目を浴び、1919年アトランタで始まったコカ・コーラは売り上げをおおいに伸ばした。一方、酒の密造・密売によって巨利を得たアル・カポネなどのギャングが暗躍し、シカゴではギャングの抗争が最高潮に達した。 また、「永遠の繁栄」がうたわれながら、この時代のアメリカ農業は不況にあえぎ、作物が収穫できても利益が残らない「豊作貧乏」の状態に陥っていた。
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