ひらかれてゆく心
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/09 02:35 UTC 版)
「ジョゼフ・メリック」の記事における「ひらかれてゆく心」の解説
病院収容当初、メリックは身辺に近づこうとする者に疑いの眼をむけ、苛立って震えだすこともあったほか、看護婦が差し伸べてくる手をも怖がったり、今度移されるのなら盲人の収容施設か灯台にしてくれないか、と言うなど、落ち着かない様子が目立ったが、トレヴェスをはじめとする周囲の人々が、彼の口の変形ゆえの聞き取りにくい言葉に慣れ、次第にそれを理解するようになるにつれ、メリックの態度も次第に穏やかなものになっていった。 トレヴェスもまた、毎日最低一回メリックの部屋を訪れるように努め、日曜日には午前中の数時間をメリックと過ごすようにしており、コミュニケーション上の問題ゆえの、彼が重度の知的障害者なのではないかとの当初の考えをほどなく改めるにいたった。メリックの側も次第にトレヴェスに心を開くようになっていったが、自らの過去、とりわけ父やきょうだいのことは語りたがらなかった。しかし母親に関しては「美しい人だった」と言い、そうした母親からなぜ自分のような人間が生まれたのかを不思議がるのが常であったという。見世物小屋に出ていた頃のことも話したがらないものの、興行師のことは決して悪く言わなかった。ところが救貧院のことに話が及ぶや、激しい怒りをあらわにした、といわれる。 幼少時から、病気ゆえに人間社会から疎外されることが常であったメリックは、その孤独を読書によって癒していたといわれる。読んでいたのは各種の新聞、雑誌、純文学、大衆小説、そして聖書、祈祷書などで、それらは捨てられていたものを拾うなどして偶然に入手したものであったため、得ていた知識も雑駁で偏ってはいたものの、ともかくもメリックは、それらを介して自らの世界観を作り上げていた。それまで中産階級の市民の家の中を見たことがなかったメリックの希望に応え、トレヴェスが自宅を見学させた際には、豪邸を期待しているかもしれぬメリックを裏切るわけにはいかない、という考えから、私の家はジェイン・オースティンの『エマ』に描かれているようなごく普通の、つつましい庶民の住まいなのだ、とトレヴェスは説明し、読書家のメリックを納得させたという。 やがてトレヴィスのとりなしで、彼の知り合いである「若くて美しい未亡人」 Mrs.Lelia Maturin との面会を経験するに至り、徐々に他人との交流を求めるようになっていったという。この面会はごく短いものであったが、微笑みつつ部屋に入ってきた Maturin に、メリックは一言も発することができず、やがて彼女の手を離すや嗚咽をもらし、やがてすすり泣いたという。後にメリックは女性に笑いかけられたり、握手を求められたりしたのはこのときが初めてだったと告白した。 Maturinとの親交はその後も続き、彼女からプレゼントを贈られた際にはメリックは感謝の手紙を送っているが、これは今日、現存する唯一のメリックが書いた手紙となっている。
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