京都国立博物館 京都国立博物館の概要

京都国立博物館

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2015/02/27 08:19 UTC 版)

Japanese Map symbol (Museum) w.svg 京都国立博物館
Kyoto National Museum
Kyoto National Museum 2009.jpg
施設情報
前身 帝国京都博物館
京都帝室博物館
恩賜京都博物館
専門分野 京都を中心とした日本・東洋の文化財
管理運営 独立行政法人国立文化財機構
延床面積 25,275m²
開館 1897年(明治30年)5月
所在地 605-0931
京都府京都市東山区茶屋町527
位置 北緯34度59分23.8秒
東経135度46分23.2秒
座標: 北緯34度59分23.8秒 東経135度46分23.2秒
プロジェクト:GLAM
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主に平安時代から江戸時代にかけての京都の文化を中心とした文化財を、収集・保管・展示するとともに、文化財に関する研究、普及活動を行っている。平常展示のほかに特別展が1年に2~4回行われている。

開館までの経緯

1888年(明治21年)、宮内省に臨時全国宝物取調局(局長九鬼隆一)が設置され、日本各地の社寺等の文化財(当時の用語では「宝物」)の調査が行われた。その結果、京都・奈良には特に文化財が集中しており、それらを収蔵保管する施設の整備が急務とされた。こうして当時の日本政府は京都と奈良に国立の博物館を設置することとした。当時、東京には東京国立博物館の前身にあたる博物館がすでに設置されていたが(1872年創立)、1889年(明治22年)5月、宮内大臣通達により、東京の博物館を「帝国博物館」と改め、同時に「帝国京都博物館」と「帝国奈良博物館」の官制が定められた。京都国立博物館の前身である帝国京都博物館が機関として発足したのはこの時である。初代の館長は森本後凋(こうちょう)という人物であったが、同人の在任中は博物館開館以前の準備期間であり、実質的な初代館長は1894年(明治27年)2月に就任した山高信離(のぶあきら)である。1890年(明治23年)には帝国京都博物館の建設地が東山七条の現在地に定められた。この土地は方広寺(大仏)旧境内にあたり、1890年当時は、東半が民有地、西半は七条御料地(旧恭明宮)であった。恭明宮とは、明治初年の神仏分離後、それまで御所の御黒戸に安置されていた仏像や歴代天皇の位牌を安置していた施設である(1870年設置、1876年廃止)。[1]

博物館の本館は片山東熊の設計になる煉瓦造平屋建て、フレンチルネサンス様式の建物で、1892(明治25年)年6月に建築工事に着工、1895年(明治28年)10月に竣工した。諸準備が整い、博物館が開館したのは1897年(明治30年)5月のことである。設計者の片山は赤坂離宮のほか、奈良国立博物館本館や東京国立博物館表慶館の設計にも携わった、宮廷建築家である[2]。本館は当初3階建てで計画されたが、1891年(明治24年)に発生した濃尾地震でレンガ造2階建ての建物が多く倒壊したことを踏まえ、平屋建てに変更された。[3]

なお、京都には帝国京都博物館開館以前に府営の博物館があった。府営博物館は1875年(明治8年)、京都御所の御米倉に設けられ、翌1876年に河原町二条下ルの府立勧業場に移転したが、1883年(明治16年)に閉鎖されている。この府営博物館の所蔵品1,000件余は帝国京都博物館に引き継がれた。そのうちには後に重要文化財に指定された銅造不動明王立像、舞踊図小屏風などが含まれている。[4]

開館後の沿革

1900年(明治33年)6月、帝国京都博物館・帝国奈良博物館はそれぞれ京都帝室博物館・奈良帝室博物館と改称され、東京の帝国博物館総長の管轄下に置かれた。1924年(大正13年)には皇太子(後の昭和天皇)の成婚を記念して京都帝室博物館は京都市に移管され、恩賜京都博物館と改称した。太平洋戦争後の1947年(日本国憲法施行の年)、東京と奈良の帝室博物館は管轄が宮内省から文部省へ変わり、文化財保護委員会(文部省の外局)の附属機関となったが、恩賜京都博物館は引き続き京都市の所管下にあった。その後、京都の博物館についても国立に戻そうという機運が高まり、1947年4月に国立に移管され、名称は現館名の京都国立博物館となった。[5]

国立移管時に、土地、建物、所蔵品などは市から国の所有に変更されたが、当時の館蔵品のうち、重要文化財および重要美術品であった7件については引き続き京都市の所有とされた。これに該当するのは以下の7件である。[6]

  • (重要文化財)木造地蔵菩薩立像
  • (重要文化財)銅造不動明王立像
  • (重要文化財)多宝千仏石幢 - 後に国有となり、九州国立博物館に移管
  • (重要文化財)毛詩正義
  • (重要美術品)舞踊図小屏風 - 現・重要文化財
  • (重要美術品)宋刊簒図互註尚書 - 現・重要文化財
  • (重要美術品)宋刊新編翰苑新書後集

国立再移管以前の当館は、京都地方を中心とする社寺等からの寄託出品物の展示を主体としており、館蔵品購入のための予算を持たず、寄託や寄贈が行われるのを待つ状況であった。移管時の列品は寄託出品2,501件、館有列品831件で、他に参考品486件、図書7,287冊、写真5,510枚が所蔵されていた。これに対して、国立移管後は館蔵品購入のための独自予算が計上されるとともに、文化財保護委員会(のち文化庁)が購入して国有となった文化財の一部が管理換によって館蔵品に加わるシステムが整えられた。[7]

博物館は、国立化当初は文化財保護委員会、1968年からは同年新設された文化庁の付属機関であった。中央省庁再編・独立行政法人制度の発足に伴い、2001年からは独立行政法人国立博物館2007年からは独立行政法人国立文化財機構が運営する博物館となり、今日に至る。


  1. ^ 『京都国立博物館七十年史』、pp.6 - 17, 43 - 45
  2. ^ 他に、足立鳩吉(宮内省内匠)も設計に関わったとされる(日本建築学会所蔵写真データベース)。
  3. ^ 『京都国立博物館七十年史』、pp.46 - 49
  4. ^ 『京都国立博物館七十年史』、pp.7, 8, 58
  5. ^ 『京都国立博物館七十年史』、pp.17, 23,30
  6. ^ 『京都国立博物館七十年史』、pp.31 - 32
  7. ^ 『京都国立博物館七十年史』、pp.33 - 34
  8. ^ 「目的と沿革」(京都国立博物館サイト)
  9. ^ 『京都国立博物館七十年史』、p.29
  10. ^ 館蔵品は6260件、寄託品は6197件(うち国宝83件、重要文化財630件)(羽田聡 「京都国立博物館」『日本歴史』第701号、吉川弘文館、2006年10月、pp.90-91。


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