アルコール燃料 燃料としてのアルコール

アルコール燃料

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/10/13 02:52 UTC 版)

燃料としてのアルコール

エタノールやメタノールは可燃性の液体であり、そのまま燃やして熱源として利用できる。とくに高純度のエタノールは、古くからランプコンロの燃料となっていた。エタノールなどの低分子アルコールは酸素含有率が高く、煤が出にくいという利点があることから、現在でもこのような形でアルコールが燃料として利用されることは珍しくない。卓上コンロなどで利用されるアルコール固形燃料は、エタノールに酢酸カルシウムを混ぜる、またはステアリン酸を加えるなどの方法で液体のアルコールをゲル化させたもので、アルコールを直接燃やす方法の1つといえる。

アルコールは内燃機関の燃料としても利用される。20世紀初頭に石油から精製されるガソリンの供給が一般化するまではアルコールが内燃機関の主要な燃料であり、内燃機関の発明者であるニコラス・オットーもエタノールを燃料として利用していたとされる。1908年に発売され、自動車文明をもたらしたフォード・モデルTは、エタノールとガソリンのいずれも燃料として利用することができた。このような内燃機関の燃料としてのアルコール利用は、石油から精製されるガソリンが大量かつ安価に供給されるようになってから下火になったが、1970年代オイルショック以降、石油、とりわけガソリンの価格が高騰するとともに息を吹き返し、最近では地球温暖化への関心の高まりを背景に一段と注目されるようになっている。

以上のほか、燃料電池水素を供給する手段としてアルコール(とくにメタノール)を用いることがあり、これもアルコールの燃料利用の一形態ということができる。

純粋なエタノールを燃料として利用する場合には、飲料への転用を防ぐため、メタノールなどを添加した変性アルコールの形で利用されることが一般的である。

内燃機関とアルコール燃料

初期の内燃機関の燃料としてアルコールが利用されていたことが示すように、内燃機関の燃料としてアルコールとガソリンは基本的に代替的である。このため、ガソリン価格の高騰といった経済的な理由から、あるいは、化石燃料の燃焼による温室効果ガスの排出を削減するという環境的な理由から、内燃機関、とくに自動車の燃料としてガソリンの代わりにアルコール燃料を利用しようとする動きが強まっている。

もっとも、アルコールはガソリンと比較して同一容積当たりの熱量が低く、ゴムプラスチックなどを侵す性質がある。このため、ガソリンを燃料として利用することを前提に設計された内燃機関にアルコールを燃料として供給すると、十分に性能を発揮できないだけでなく、故障火災を引き起こす可能性もある。アルコール燃料を生産・供給する際の資源(エネルギー)消費や環境負荷を考えると、アルコール燃料の利用拡大は全地球的にみて望ましいことではなく、公共交通機関の利用推進など、自動車社会からの訣別を政策の中心に据えるべきであるとの批判も聞かれる。

以下、内燃機関の燃料として利用されることが多い、エタノールとメタノールについてやや詳しく検討する。以下の記述は世界的な動向に注目したもので、日本国内でのアルコール燃料の利用には法令上の制約があることには留意しなければならない。

エタノール

エタノールは、サトウキビやトウモロコシといったバイオマスからの生産方法が確立しており(バイオマスエタノール)、そうした方法による生産量が拡大していることもあって「環境に優しい」ガソリン代替燃料としてとくに近年注目されている。ガソリンと比較してノッキングを起こしにくいことから、ガソリンの改質剤として利用が拡大しているという事情もある。ガソリンとの混合燃料としては、エタノールそのものではなく、エタノールから生成したエチルtert-ブチルエーテル(ETBE)を添加したガソリンも広義のアルコール燃料と理解されている。

純粋のエタノール(無水アルコール)は、ガソリンと容易に混合する。このようにして作られる混合燃料については、エタノールの百分率で表した容積比をxxとして、Exxという形で品質が示される。たとえば、E10といえばエタノールを容積比で10 %含む燃料である。このようにエタノールとガソリンを混合した燃料は、ガソホールGasohol)と呼ばれるが、エタノールとガソリンの混合比率は、国あるいは地域ごとに異なっている。

エタノールとガソリンは燃焼特性が異なるが(上記参照)、エタノールの混合比率が低い混合燃料の場合、純粋なガソリンを燃料として利用することが想定されている内燃機関で燃焼しても問題が生じにくいとされている。エタノール混合比率は、各国で普及している内燃機関の特性により上限値が左右される。古くからアルコール燃料の普及に努めていたブラジルはE25、米国はE10、日本はE3が安全性を確保できる上限としており、2007年(平成19年)4月末から東京都千葉県埼玉県で先行販売が開始されたエタノール由来成分混合ガソリン(「バイオガソリン」)はエタノール由来成分(ETBE、上記参照)の含有量が容積比で3 %相当となっている[1]

ガソリンのオクタン価向上剤としてかつて使われていたアルキル鉛は有害だったため代替のオクタン価向上剤が必要だったことと、アルコール/エーテルなどの含酸素燃料をガソリンに混和すると排出ガスの窒素酸化物濃度が下がるので、1990年代の欧米ではMTBEのガソリンへの添加が進んでいた。しかし、カリフォルニア州の田舎町で老朽化して穴のあいた地下タンクから漏洩したガソリンに添加されていたMTBEが、飲料に供されていた地下水に混和して飲用不適になってしまう事件が起こり、米国では2014年までにガソリンへのMTBEの混和は禁止され、MTBE代替のガソリン混和材としてエタノールの需要が急増した。

ただし、アルコールは水和物で一種の界面活性剤として働き、アルコール混和後の石油は水を懸濁しうるため、商品への水の混入を避けるため、エタノール/メタノール/ETBE/MTBEとも石油製品への混合後はパイプライン輸送ができない。米国では石油パイプライン輸送をする場合、末端の油槽所でブレンドするため別途エタノールを輸送せねばならない問題が発生している[2]

エタノールの混合比率が高い燃料を内燃機関の燃料として利用する場合には、点火時期などを調整しなければ十分な性能が発揮できない。いろいろな混合比率の燃料を利用できるようにした自動車は「flex-fuel vehicles」と呼ばれており、とくにブラジルで広く普及している。ブラジルの flex-fuel vehicles はE100(全エタノール)まで対応できるのに対し、米国で販売されている flex-fuel vehicles はE85までの対応に止まっており、ここでも国ごとの違いが表れている。

地球温暖化対策などを念頭に、市中で販売されるガソリンに一定比率でのエタノール混合を義務づける国や地域が増えている。たとえば、ブラジルではE20が基本であり、米国でもコネチカット州ミネソタ州ではE10の販売が義務付けられている。

バイオエタノール用の穀物の作付面積が増大するにつれ、飼料用穀物の価格が高騰し、低所得者層の穀物の入手に影響が及びつつある[3][4][5]。そこで各国ではおが屑間伐材など、従来はバイオエタノールの原料として使用されてこなかった資源的な制約(世界経済への影響)の少ない原料を元にバイオエタノールを製造する技術が開発中である[6][7][8]

セルロース細胞壁の分解は熱と化学処理を伴い、従来難しい問題[注釈 1]で、セルラーゼで分解することも実施されていたが、前処理に手間がかかり大変であった[6]メリーランド大学カレッジパーク校のSteve Hutcheson はチェサピーク湾地で発見されたバクテリア(サッカロファガス デグラダンス英語版)が強力なセルロース細胞壁の分解能を有する事を突き止めた[9][6]。Zymetis社ではさらに効率よく糖を得るために遺伝子を組み換えて、72時間で1トンのセルロースバイオマスを糖に変換できる事を実証した[10][6]

シロアリ消化器官内の共生菌によるセルロース分解プロセスがバイオマスエタノールの製造に役立つ事が期待され、琉球大学理化学研究所等で研究が進められる[11][12][13][14][15][16][17][18]

メタノール

メタノールも古くから内燃機関の燃料として利用されてきた[注釈 2]。自動車用燃料としてはメタノールにベンゼン(ベンゾール)を混合したものがレーシングカーに用いられ、フォーミュラ1でアルコール燃料が禁止されたのは1958年のことであった。20世紀後半についてみると、メタノールは、インディ・レーシング・リーグ1960年代半ばより2005年まで使用されたほか、現在でも一部のドラッグレースで利用されている。

メタノールはエタノールと比較して代替燃料としての脚光を浴びることは少ない。これは、メタノールの生産が現時点では主として天然ガスなど化石資源を原料としており、有限資源の消費回避という面では利点が乏しいからである。メタノールはエタノール以上に熱量が小さく、腐食性が強い上に、揮発性が高く有毒物質である点も問題となる。

ガソリン代替燃料の観点では、メタノールは、天然ガス、石炭ガスあるいは酸素製鉄排出ガスからも低コストで大量に製造可能である点でエタノールよりも優れており、毒性や揮発性もガソリンに比較して大きな問題とはいえない。バイオマスからメタンを効率的に生産することが可能になり、メタノールを効率的に生産できる微生物が発見されて、バイオマスからメタノール生産が実用化されれば、メタノールもバイオ燃料として脚光を浴びる可能性がある。

原油価格の急激な上昇期に代替エネルギーの導入が注目されたが、コスト競争力でもっとも優れているのは、圧縮天然ガス(CNG)とメタノールであるといわれる。石油は中東に偏在しているが、天然ガスはシベリアに(中東の石油埋蔵量全体に匹敵するほど)膨大な埋蔵量があり、そのほかにも、世界各地に膨大な量のメタンハイドレートが存在する。

日本ではメタノールとガソリンの混合燃料の実用化試験が先行しており1980年代から行われ、成功を収めている。しかし研究推進母体が石油連盟であり、石油精製各社はメタノール製造設備を持っていないこともあって大規模な流通に至っていない。

1990年代末には韓国からの輸入品として天然ガス由来のメタノールを主成分とするガイアックスが、全国の無印スタンドレベルの小販社を介して販売された時期があったが、既存税制(ガソリン税)の範疇に含まれない税制面の問題や、ガソリン自動車の部品に対する安全性などの問題などが提起され、僅か数年の間に業界団体末端ユーザーまで巻き込んだ論争を引き起こし、業界団体側はガイアックスを名指しする形で高濃度アルコール燃料として大規模な使用自粛キャンペーンを行った上に、2003年の政府の「揮発油等の品質の確保等に関する法律」の改正により、正式に国内販売が禁止される事態となった。前述の「アルコール濃度3 %(E3)が安全性を確保できる上限」という基準はこの法律の改正の際に策定されたものであり、皮肉にもこの一連の事態が尾を引く形となって、バイオエタノールが世界的に話題となった2000年代後半に至ってもE3以上のエタノール混和燃料の開発販売は日本国内では殆ど進む事はなく、加えて石油連盟のメタノール混和燃料の開発販売の道も事実上閉ざされる事になった。

2012年(平成24年)4月1日にエタノール燃料の日本国内での普及を妨げていた揮発油等の品質の確保等に関する法律施行規則が改正され、エタノール混合率10 %のE10までの販売がE10対応車両対して認められることになった[19]


注釈

  1. ^ 超臨界水を使用したりして分解していた。
  2. ^ 第二次世界大戦航空用エンジンレシプロガソリンエンジン)には充填効率を高める目的で水メタノール噴射装置を備えたものがあるが、この場合のメタノールは、気温の低い高空での水の凍結を防ぐための添加剤としての役割が主である。
  3. ^ そのほとんどがアメリカ向けであった。そのためアメリカ国内にMTBE製造設備を有していた。

出典

  1. ^ 石油とエコ バイオガソリンについて 石油連盟
  2. ^ 調査報告 シカゴ 米国における再生可能エネルギー及びバイオエタノールの政策及び産業動向(その2) (PDF) p.11参照
  3. ^ レスター ブラウン「フード・セキュリティー―だれが世界を養うのか」、ワールドウォッチジャパン、2005年4月、ISBN 978-4948754225 
  4. ^ 第27回農業環境シンポジウム 「食料 vs エネルギー -穀物の争奪戦が始まった-」 (概要報告)
  5. ^ バイオ燃料が食卓を脅かす
  6. ^ a b c d セルロースを分解しディーゼル、アルコール等を作る新しい微生物
  7. ^ 正念場を迎えた米国の第二世代バイオエタノール(2)
  8. ^ 食料と競合しないバイオ燃料
  9. ^ UM Scientists Find Key to Low-Cost Ethanol in Chesapeake Bay
  10. ^ セルロース分解細菌「Saccharophagus dengradans」の パイロット試験
  11. ^ シロアリによるバイオエタノール製造に弾み
  12. ^ シロアリがエタノール生産の救世主に? 代替燃料技術の現在
  13. ^ シロアリの腸からバイオ燃料生産効率を高める新酵素を発見
  14. ^ 国エネルギー省(DOE: Department of Energy)の共同ゲノム研究所
  15. ^ “廃材をバイオ燃料に”. 沖縄タイムス ( 沖縄: 沖縄タイムス): pp. 1面. (2008年7月3日) 
  16. ^ シロアリの新しい利用法
  17. ^ シロアリ腸内共生系の高効率木質バイオマス糖化酵素を網羅的に解析
  18. ^ バイオエネルギー生産のためのシロアリ共生系高度利用技術の基盤的研究
  19. ^ 同規則第10条の2第2項(揮発油規格の特則)
  20. ^ RITEバイオプロセスの概要地球環境産業技術研究機構
  21. ^ バイオ研究グループ・バイオリファイナリー生産技術開発及び実用化開発に向けた取り組み地球環境産業技術研究機構 2016年
  22. ^ MSUエタノールエネルギー収支調査 (PDF)
  23. ^ 再生可能燃料協会
  24. ^ Kovarik 未来の燃料
  25. ^ エタノールと石油に関する税的優遇措置 (PDF) (Tax Incentives for ethanol and petroleum):合衆国会計検査院, 2000年9月
  26. ^ "PETROBRAS MTBE Unit Retrofit to Isoctane Production". 25 September 2005. 2023年10月2日閲覧
  27. ^ アメリカでの自動車用ガソリンへのMTBE添加禁止政策によりMTBE製造設備の廃棄またはETBEへの製造設備転換、イソオクタン製造設備への転用が模索された[26]
  28. ^ Saudi Muslim scholar says running cars on bio-fuels could be 'sinful' Dubai News.Net 2009年2月22日)






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