防災 日本の災害法制

防災

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/25 14:02 UTC 版)

日本の災害法制

日本の災害法制は災害対策基本法(災対法)を基本とし、そのほかにも過去の災害を教訓に制定された災害救助法などの多数の法律が存在する[28]

国・自治体

自治体の危機管理室。情報を収集するパソコンや電話、ホワイトボードなどが備え付けられる。(ドイツ、ミュールドルフ郡

災対法では、災害の応急対応はまず市町村が責任を負うことと規定している(災対法5条、62条など)。市町村長には、関係機関や住民に災害の通知をする責務(56条)、避難指示、警戒区域の設定を行う権限(60条、63条)、災害拡大防止のために物件を取り壊すよう要求する権限(59条、64条)が与えられている。また、都道府県は、市町村の後方支援や調整を担い(68条)、災害救助法に基づく事務も担うほか、被災により市町村が機能しなくなった場合には措置を代行することが認められている(73条)[29]

国は都道府県や市町村の更なる後方支援を担う(災対法77条)。また、国の機関である気象庁は気象・地震・火山などについて予報警報を発表する義務を負っている(気象業務法[30]

災害時、市町村は市町村長を本部長とする災害対策本部を設置し、災害対応の司令塔の役割を担う(災対法23条)。これに関連して国は、大規模災害で国の関与が必要な場合は防災担当大臣を本部長とする非常災害対策本部を(24条)、さらに激甚な災害の場合は内閣総理大臣を本部長とする緊急災害対策本部を設置する(28条の2)。なお、市町村や都道府県が設置する「警戒本部」「復興対策本部」などは災対法に基づかない任意のものである[31]

総合的な防災方針を決める仕組みとして防災会議と防災計画がある。これらはトップダウン式で、国が中心的な役割を担い、その方針に基づいて都道府県、さらに市町村が計画立案・実施する構造である。国は中央防災会議を置いて防災基本計画を策定、中央省庁は防災業務計画を策定する。都道府県は都道府県防災会議を置いて都道府県地域防災計画を策定、市町村は市町村防災会議を置いて市町村地域防災計画を策定する。トップダウンによる弊害も指摘される一方、年に一度見直される防災計画に期待される市民のチェック機能が働いていないという指摘もある[32]

専門機関

消防は常設機関だが防災業務を担う。消防士及び消防団員は、水火災または地震などの災害を防除(予防し取り除く)し被害を軽減し、傷病者を搬送するなど、災害から国民の生命・身体・財産を守るという任務が定められている(消防法消防組織法)。消防は、救助や救急などの応急対応において専門技能を有する数少ない存在である。災害時には、一定の人口規模の市に設置することとされている特別救助隊(レスキュー隊)や高度救助隊(救助隊の編成、装備及び配置の基準を定める省令)のほか、山岳救助隊水難救助隊化学機動中隊緊急消防援助隊などの専門部隊が活動する。ただし、消防署が市町村の管掌であるため、人員や設備が市町村の財政力に左右されるという欠点もある[33]

警察も常設機関だが、捜索・救出、避難誘導、交通確保といった防災業務を担う。しかし、法的には平時の規定である個人の生命・身体・財産を保護する責務(警察法2条)が延長されるものと解釈され、災害対策の明確な規定は存在していない[34]

自衛隊も常設機関だが防災業務を担う。都道府県知事は、自然災害などで人命・財産の保護の必要があるとき自衛隊の派遣(災害派遣)要請を行う権限を有する(自衛隊法83条)。また、市町村長は知事に派遣要請を求める権限を有する(災対法68条の2)。自衛隊の実際の業務は、捜索・救出だけではなく、炊き出し等の生活支援など幅広い。また、自衛隊は補給宿舎確保などを自ら行える自己完結型の部隊であるという特徴があり、それを生かした活動が求められる。また、政府が1995年と2012年に行った調査では、自衛隊の目的や期待される役割として、国の安全や治安維持を上回って災害派遣が最上位に挙げられ、国民の期待が高い。さらに、隊員の意識としても"災害救助にこそ"やりがいや誇りを感じる者が少なくないと報じられている。しかし、自衛隊の主たる任務はあくまで国の平和・独立を守り侵略から防衛することであり、災害派遣は原則として要請を受けたときに限られる[35][36]

このほか、水防団水防法に基づいて水害時に治水施設の稼働などの水害予防活動を行うほか、海上保安庁海上保安庁法に基づいて水難海難救助や航行支援を行う。

応急対応

災害の応急対応を規定しているのは災害救助法である。避難所、食事・炊き出し物資の提供、仮設住宅、障害物の除去、遺体の埋葬などを定めている。そして、現場の実態に応じた弾力的運用をするために、災害救助法自体は簡素な条文のみで構成され、具体的には所管する厚生労働省の定める基準(一般基準)や都道府県が状況に応じて厚労省と協議して定める基準(特別基準)に依っていて、通知や事務連絡の形で出されている。例えば、2011年の一般基準では、食料費1人1日1,010円以内、避難所開設期間7日以内、仮設住宅費用1戸当たり2,387,000円以内とされた。しかし、これでは実情として非常に厳しいため、実際には特別基準に従って、7日を超える避難所運営、避難所の代替としてホテルや旅館の利用、仮設住宅費用の1戸当たり600万円程度への増額などが行われている[37]

ただし、弾力的運用が十分でないために、結果的に問題が生じたり、被災者の不満が募る事例も少なくない。特に、給付に関して、現金支給を求める声が非常に強いのに対して、国は「災害が発生すると物資が欠乏したり調達困難となるため、金銭がほとんど用をなさない」という理由からこれを認めず現物支給に拘っているという問題がある。また、現金支給に前例がないという誤解もあるが、実は1953年に水害被災者に対して生業資金として1世帯当たり1万円を支給した実例は存在する。こうした制度の問題を回避する取り組みとして、1993年の雲仙普賢岳噴火では国土庁長崎県が長期避難者に対して食事現物支給か現金支給を選択する制度を実施したほか、2000年の有珠山噴火では北海道虻田町が避難者に生活費を支給する制度を実施した。これらはいずれも災害救助法の枠外で行われている[37]

復旧

災害の復旧は、市町村長に実施責任が課せられている(災対法87条)。ただし費用が莫大であるため国庫負担が必要であり、土木施設災害負担法農林水産業施設災害負担法、学校施設災害負担法などによって補助率が定められている。災害復旧事業費は、事業を行う主務省の災害査定官と財務省の立会官が現場に立ち会って査定を行う(災害査定立会制度)。災害復旧事業は、公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法などの規定から、原則として原型復旧、つまり元の機能に復旧する物に限られ(原形復旧主義)、改良を加えると対象から外れてしまうという問題がある。例えば、津波被害からの復旧のために堤防を高くしたり、安全のために鉄道路線を変更したりすると補助率が低くなる。災対法88条で施設の新設・改良について十分な配慮が必要(改良復旧主義)と謳われてはいるものの、課題とされている。なお、東日本大震災復興基本法では基本理念で原形復旧に留まらない姿勢が打ち出されている。他方、施設ではない地域の経済や生活、コミュニティなどはこうした法律の対象外である[38]

また、激甚災害法は一定以上の被害のあった災害を「激甚災害」と認定し、国庫補助率を引き上げる。認定を受けた場合、特別交付税をはじめとして多くの復旧費で国庫補助を受けられるようになるため、自治体は事業の見通しが付けやすくなる。また、非施設を含めた幅広い事業を対象にすることができる利点もある[39]

被災者への公的援助として、災害弔慰金法に基づいた災害弔慰金、災害障害見舞金、災害援護資金の貸付、また被災者生活再建支援法に基づいて住宅が全壊・大規模半壊となった住民への支援金がある。これらは1990年代から2000年代にかけて、度重なる災害での反省を踏まえて制定・改正され拡充されている。しかし、災害弔慰金の額が「主たる生計維持者」であるかどうかによって大きく変わること、災害障害見舞金の基準が厳しいこと、支援金の対象が限られ認定がスムーズではないことといった問題も指摘されている[40]

災害時には、善意の募金による義援金が集められ被災者に配分される。しかし、被災者数や報道のされ方など、災害によって1人当たりの配分金額に差が出るという課題がある。また、配分について迅速性と公平性のバランスがしばしば問題となる[41]

個人が加入する保険類においては、多くの商品で自然災害についての免責事項が約款で定められているものの、適用する場合としない場合があり、ケースによってまちまちである。火災保険では適用しない場合が多いが、見舞金として一部を支払う商品もある。火災保険の欠点を補うために創設されたのが地震保険だが、火災保険等とセットで加入しなければならず、また金額に限度がある。こうした欠点を補うものとして、例えば兵庫県は自然災害の種類・住宅の古さに関係なく被害程度に応じた共済金を支払う「住宅再建共済制度」を独自に設けている。一方、生命保険の場合は過去多くの事例で免責事項を適用せず支払いを行っている[42]

復興

災害の復興を一般的に規定する法律として、2013年に制定された大規模災害からの復興に関する法律がある。一定の要件を満たす被害を受けた市町村は、移転や生活再建などを定めた「復興計画」を作成でき、これに沿った規制緩和や権限強化、国庫補助などを定めている[43]

復興事業については都市再開発法土地区画整理法など平時の法律が適用されるが、復興に即していないため問題が生じることがある。阪神・淡路大震災では被災市街地復興特別措置法、東日本大震災では特例法が制定され、土地用途による規制緩和や建築制限の延長などが行われた。防災集団移転促進事業という仕組みもあり、防災のための集団移転促進事業に係る国の財政上の特別措置等に関する法律では住居の移転に限り費用が補助されるが、東日本大震災復興特別区域法では公共施設も対象となっている。密集市街地整備法に基づく防災街区整備事業では、建て替えへの補助や危険な建築物の除去勧告ができる。土地改良法では、農地の改良保全を通して国庫補助のある防災事業が行える。住宅地区改良法に基づく住宅地区改良事業では、不良住宅の買収移転を通して防災事業が行える。このほかに、法的に拘束力はないが要綱に基づいて行われる「要綱事業」と呼ばれる事業があり、補助金が支出されることがある[44]

一方、産業の復興については法律がほとんどない。農林水産業に限り、法律に基づく共済制度がある。それ以外の産業では、激甚法による中小企業を対象とした特別融資があるに留まる。多くの場合、災害ごとに政府系金融機関や信用保証協会による融資が行われるものの、そのバックアップが不足することがある。東日本大震災ではバックアップとして、法律に基づいた金融機関への資本注入、産業復興機構や事業者再生支援機構による債権の買い取りが行われている[45]

各分野

防災のための土木工事を定めたものには、以下の法律がある[46]

また災害の種類に応じて対策を定めたものには、以下の法律がある[46]

原子力災害は、当初は災害対策基本法に基づいた対応が予定されていたが、JCO臨界事故で課題を残したことから具体的対応を規定する原子力災害対策特別措置法が制定された。原子力災害が発生した場合、国は原子力緊急事態宣言を発表するとともに、内閣総理大臣を本部長とする原子力災害対策本部を設置し、現地にも現地対策本部やオフサイトセンターを設置することが定められている。しかし福島第一原子力発電所事故では、住民への広報や避難指示の伝達が不十分となったり、オフサイトセンターが撤退を余儀なくされるなど、課題を残した。他方、事故による損害の補償は原子力損害賠償法に定められている。なお、福島第一原発事故では、事故調査、除染、補償、産業復興などを定めた特別立法が複数なされているが、課題も指摘されている[51]

建築基準法は、建築物の安全を保つための最低限の耐震基準を示したものである。前身の市街地建築物法は1948年の福井地震を契機に制定されたもので、現行の新耐震基準は1978年の宮城県沖地震を契機に改正された。他方、2012年に改正された都市再生特別措置法では、主要都市の指定地域で駅や民間のビル内に避難場所の確保や備蓄倉庫の整備を進めるよう定めている[52]


  1. ^ 防波堤とは コトバンク、2017年9月17日閲覧
  2. ^ a b c d e f g h i j k 鍵屋一『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』学陽書房、2019年、13頁。 
  3. ^ a b 岡田憲夫「住民自らが行う防災 -リスクマネジメント事始め-」、『防災学講座 第4巻 防災計画論』、102 - 103頁。
  4. ^ a b 林春夫「災害をうまくのりきるために -クライシスマネジメント入門-」、『防災学講座 第4巻 防災計画論』、137頁。
  5. ^ a b c d 河田惠昭「危機管理論 -安心/安全な社会を目指して-」、『防災学講座 第4巻 防災計画論』、41 - 42頁。
  6. ^ 東京都総務局総合防災部防災管理課『東京防災』東京都総務局総合防災部防災管理課、2015年9月1日。 
  7. ^ 内閣府 内閣府政策統括官(防災担当). “防災情報のページ みんなで減災”. 2020年1月10日閲覧。
  8. ^ 林春夫「災害をうまくのりきるために -クライシスマネジメント入門-」、『防災学講座 第4巻 防災計画論』、134-136頁。
  9. ^ 奈良由美子「リスクコミュニケーションと地域防災 -安全・安心科学技術プロジェクト(1)-」、『安心・安全と地域マネジメント』、109 - 112頁。
  10. ^ 河田惠昭「危機管理論 -安心/安全な社会を目指して-」、『防災学講座 第4巻 防災計画論』、42 - 44頁。
  11. ^ 岡田憲夫「住民自らが行う防災 -リスクマネジメント事始め-」、『防災学講座 第4巻 防災計画論』、102頁。
  12. ^ 水谷、2002年、2 - 4頁。
  13. ^ 豪雨・洪水災害の減災に向けて』、77 - 79頁、92頁。
  14. ^ 「土砂災害から命を守ろう!」など。
  15. ^ a b c d e f g 河田惠昭「危機管理論 -安心/安全な社会を目指して-」、『防災学講座 第4巻 防災計画論』、44 - 63頁、72 - 74頁。
  16. ^ 「地震はなぜ起こるの?」より。
  17. ^ 河田惠昭「危機管理論 -安心/安全な社会を目指して-」、『防災学講座 第4巻 防災計画論』、27 - 28頁。
  18. ^ 片田敏孝「わが国の防災課題と今後のあり方 -人が死なない防災を目指して-」、『安心・安全と地域マネジメント』、160頁。
  19. ^ 奈良由美子「災害と生活」、『安心・安全と地域マネジメント』、191 - 193頁。
  20. ^ 岡田憲夫「住民自らが行う防災 -リスクマネジメント事始め-」、『防災学講座 第4巻 防災計画論』、105-114頁。
  21. ^ a b 豪雨・洪水災害の減災に向けて』、275 - 279頁。
  22. ^ 河田惠昭「危機管理論 -安心/安全な社会を目指して-」、『防災学講座 第4巻 防災計画論』、80 - 82頁。
  23. ^ 林春夫「災害をうまくのりきるために -クライシスマネジメント入門-」、『防災学講座 第4巻 防災計画論』、132 - 134頁。
  24. ^ 片田敏孝「わが国の防災課題と今後のあり方 -人が死なない防災を目指して-」、『安心・安全と地域マネジメント』、156 - 158頁。
  25. ^ 多々納裕一「大規模災害と防災計画 -総合防災学の挑戦-」、『安心・安全と地域マネジメント』、175 - 177頁。
  26. ^ 大災害と法』、146頁。
  27. ^ 片田敏孝「東日本大震災にみるわが国の防災の課題」、『安心・安全と地域マネジメント』、30 - 31頁、33 - 34頁。
  28. ^ 大災害と法』、32頁。
  29. ^ 大災害と法』、33 - 34頁。
  30. ^ 大災害と法』、33頁、37頁。
  31. ^ 大災害と法』、39頁。
  32. ^ 大災害と法』、138 - 142頁。
  33. ^ 大災害と法』、40 - 41頁。
  34. ^ 大災害と法』、41 - 42頁。
  35. ^ 大災害と法』、42 - 44頁。
  36. ^ 河田惠昭「危機管理論 -安心/安全な社会を目指して-」、『防災学講座 第4巻 防災計画論』、89 - 904頁。
  37. ^ a b 大災害と法』、44 - 56頁、150 - 152頁。
  38. ^ 大災害と法』、57 - 61頁。
  39. ^ 大災害と法』、57 - 58頁、61 - 63頁。
  40. ^ 大災害と法』、63 - 76頁。
  41. ^ 大災害と法』、76 - 80頁。
  42. ^ 大災害と法』、82 - 88頁。
  43. ^ 佐々木晶二「大規模災害からの復興に関する法律と復興まちづくりについて」、民間都市開発推進機構『Urban Study』、Vol. 57、2013年12月。
  44. ^ 大災害と法』、92 - 102頁。
  45. ^ 大災害と法』、112 - 115頁。
  46. ^ a b c d e f g h 大災害と法』、131頁。
  47. ^ 大災害と法』、133 - 134頁。
  48. ^ 大災害と法』、134頁。
  49. ^ 大災害と法』、134 - 135頁。
  50. ^ 大災害と法』、136 - 137頁。
  51. ^ 大災害と法』、157 - 169頁。
  52. ^ 大災害と法』、136 - 138頁。
  53. ^ a b 大災害と法』、26 - 29頁。
  54. ^ a b c 水谷、2002年、185 - 194頁。
  55. ^ a b 災害対応資料集 3-2-2-3」、内閣府防災情報、2015年9月21日閲覧。
  56. ^ 特集 防災教育」、内閣府、『ぼうさい』、55号、2009年、2023年1月7日閲覧
  57. ^ 消防雑学辞典 防災館と消防博物館」、東京消防庁、2023年1月7日閲覧






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