旭市
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/26 08:33 UTC 版)
概要
北部には干潟八万石といわれる房総半島屈指の穀倉地帯となだらかな丘陵地帯である北総台地が広がっている。市の中央部を東西に総武本線と国道126号が通る。
産業では、施設園芸、畜産、稲作、露地野菜などの農業や漁業が発展している。
九十九里海岸沿いの千葉県道30号飯岡一宮線に沿っていくつかの源泉が湧出している。
地理
千葉県北東部に位置し、県庁所在地である千葉市から約50キロメートルの距離である。東京都の都心から80 - 90キロメートル圏内である。
九十九里平野の北端に位置し、南部は九十九里浜・太平洋に面し、北部に下総台地が広がる。市の中央部を東西に総武本線と国道126号が通る。
千葉県立旭農業高等学校の所在する千葉県旭市ロ1番地(郵便番号:289-2516)は、日本一短い地名の一つである。
隣接する自治体
歴史
あさひし 旭市 | |||||
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廃止日 | 2005年7月1日 | ||||
廃止理由 |
新設合併 旭市・海上郡飯岡町・海上町・香取郡干潟町 → 旭市 | ||||
現在の自治体 | 旭市 | ||||
廃止時点のデータ | |||||
国 | 日本 | ||||
地方 | 関東地方 | ||||
都道府県 | 千葉県 | ||||
市町村コード | 12215-7 | ||||
面積 | 50.61km2 | ||||
総人口 |
41,093人 (推計人口、2004年7月1日) | ||||
隣接自治体 | 八日市場市、飯岡町、海上町、干潟町 | ||||
旭市役所 | |||||
所在地 |
〒289-2595 千葉県旭市ニ1920 | ||||
ウィキプロジェクト |
古代、現在の旭市周辺には椿海と呼ばれる湖が広がっていた。江戸時代になり、椿海を干拓するため、新川を掘削して湖底を干潟とした。
幕末には、農村指導の先駆者・大原幽学が長部村を訪れ、農村を再興させた。同じく幕末に、国学者の宮負定賢・宮負定雄父子も村の和合や農業改良に努めた。一方、九十九里沖の豊かな漁場を求めて関西の漁民がやって来るようになり、飯岡助五郎は、イワシ漁を中心とした漁業の発展に尽力した。
明治に入り、政府の「畑作奨励策」の下、鎌数村の金谷総蔵が落花生栽培を普及させ、総武鉄道が開通して大量輸送が可能になると、落花生の加工工場が数多く造られた。また、昭和初期からスイカ、カボチャ、サツマイモ(甘藷)などの生産が盛んになり、特に甘藷栽培は穴澤松五郎の功績で発展した[4]。
年表
- 1889年(明治22年) - 町村制施行に伴い海上郡網戸村・成田村・十日市場村と匝瑳郡太田村が合併、海上郡旭町が発足。
- 1911年(明治44年) - 旭農業高等学校開校。
- 1951年(昭和26年) - 大利根用水完工。
- 1953年(昭和28年) - 旭中央病院開設。
- 1954年(昭和29年)7月1日 - 市制施行、旭市となる。
- 1963年(昭和38年) - 東総工業高等学校開校。
- 1964年(昭和39年) - 旭中央病院付属看護専門学校開設。
- 2005年(平成17年)7月1日 - (旧)旭市と香取郡干潟町、海上郡海上町・飯岡町が対等合併し、新しい旭市となった[2]。旧市の人口は約4万1000人、面積は50.61平方キロメートル。
- 2011年(平成23年)3月11日 - 沿岸部に東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)による千葉県内最大7.6メートルの津波が襲い、飯岡地区を中心に沿岸付近の民家が全壊336棟、半壊945棟、県内最多14人の死者、2名の行方不明者を出した[5]。のちに天皇・皇后が飯岡地区を訪問した。
旭市の由来
「旭」という市名(最初は町名)は、一説には「旭将軍」と呼ばれた木曾義仲の末裔とされ、この地で没した木曾義昌を詠んだ「信濃より いつる旭をしたひきて 東の国にあととどめけむ」から採られたとされる。
この歌は、弘化元年(1844年)木曾氏末裔を称する芦原検校(木曾義長)が、東漸寺において営んだ「木曾義昌公250回忌」において京都の国学者、野々口隆正が詠んだ追悼歌で、この時に寄せられた追悼歌400首を収めたのが、市の指定文化財ともなっている「慕香和歌集」である。
行政区域変遷
- 変遷の年表
旭市市域の変遷(年表) | ||
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年 | 月日 | 現旭市市域に関連する行政区域変遷 |
1889年(明治22年) | 4月1日 | 町村制施行に伴い、以下の町村がそれぞれ発足。[6] |
1890年(明治23年) | 10月27日 | 庄内村は改称し中和村になる。 |
1914年(大正3年) | 12月12日 | 浦賀村・足川村が合併し浦賀村が発足。 |
1915年(大正4年) | 10月1日 | 浦賀村は改称し矢指村になる。 |
1954年(昭和29年) | 2月11日 | 旭町・富浦村・矢指村が合併し旭町が発足。 |
3月31日 |
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6月1日 | 豊畑村・共和村は旭町に編入。 | |
7月1日 | 旭町が市制施行し旭市となる。 | |
海上町の一部(琴田の一部)は旭市に編入。 | ||
1955年(昭和30年) | 4月10日 | 古城村・中和村・万歳村が合併し干潟町が発足。 |
7月20日 | 神代村は笹川町・橘村・東城村とともに合併し、東庄町が発足。 | |
海上町の一部(琴田の一部)は旭市に編入。 | ||
1956年(昭和31年) |
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1957年(昭和32年) | 飯岡町の一部(三川の一部)は海上町に編入。 | |
1958年(昭和33年) | 飯岡町の一部(三川の一部)は銚子市に編入。 | |
1960年(昭和35年) | 海上町の一部(琴田、江ケ崎の各一部)は旭市に編入。 | |
1984年(昭和59年) | 旭市の一部(網戸山)を海上町に編入 | |
2005年(平成17年) | 7月1日 | 旭市・飯岡町・海上町・干潟町が合併し旭市が発足。 |
- 変遷表
旭市市域の変遷表(※細かな境界の変遷は省略) | ||||||||||
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1868年 以前 |
明治元年 - 明治22年 | 明治22年 4月1日 |
明治22年 - 昭和19年 | 昭和20年 - 昭和64年 | 平成元年 - 現在 | 現在 | ||||
匝瑳郡 | 太田村 | 旭町 | 旭町 | 昭和29年2月11日 旭町 |
昭和29年7月1日 市制 |
平成17年7月1日 旭市 |
旭市 | |||
海上郡 | 網戸村 | |||||||||
成田村 | ||||||||||
十日市場村 | ||||||||||
中谷里村 | 富浦村 | 富浦村 | ||||||||
仁玉村 | ||||||||||
神宮寺村 | ||||||||||
椎名内村 | 浦賀村 | 大正3年12月12日 浦賀村 大正4年10月1日 矢指村に改称 | ||||||||
野中村 | ||||||||||
東足洗村 | ||||||||||
西足洗村 | ||||||||||
足川村 | 足川村 | |||||||||
匝瑳郡 | 井戸野村 | 豊畑村 | 豊畑村 | 昭和29年6月1日 旭町に編入 | ||||||
泉川村 | ||||||||||
川口村 | ||||||||||
大塚原村 | ||||||||||
駒込村 | ||||||||||
新町村 | 共和村 | 共和村 | ||||||||
鎌数村 | ||||||||||
海上郡 | 上永井村 | 飯岡町 | 飯岡町 | 昭和29年3月31日 飯岡町 | ||||||
下永井村 | ||||||||||
飯岡村 | ||||||||||
行内村 | ||||||||||
平松村 | ||||||||||
横根村 | ||||||||||
岩崎村 | ||||||||||
萩園村 | ||||||||||
塙村 | 豊岡村 の一部 |
豊岡村の一部 | ||||||||
八木村の一部 | ||||||||||
三川村 | 三川村 | 三川村 | ||||||||
権田沼新田 | ||||||||||
琴田村 | 嚶鳴村 | 嚶鳴村 | 昭和29年3月31日 海上町 | |||||||
後草村 | ||||||||||
高生村 | ||||||||||
江ケ崎村 | ||||||||||
清滝村 | 滝郷村 | 滝郷村 | ||||||||
幾世村 | ||||||||||
岩井村 | ||||||||||
松ケ谷村 | ||||||||||
見広村 | 鶴巻村 | 鶴巻村 | ||||||||
大間手村 | ||||||||||
長尾村 | ||||||||||
倉橋村 | ||||||||||
蛇園村 | ||||||||||
香取郡 | 鏑木村 | 古城村 | 古城村 | 昭和30年4月10日 干潟町 | ||||||
万力村 | ||||||||||
秋田村 | ||||||||||
諸徳寺村 | 明治13年 清和村 |
庄内村 | 明治23年10月27日 中和村に改称 | |||||||
松沢村 | ||||||||||
南堀之内村 | ||||||||||
長部村 | ||||||||||
米込村 | ||||||||||
入野村 | ||||||||||
万歳村 | 万歳村 | 万歳村 | ||||||||
関戸村 | ||||||||||
溝原村 | ||||||||||
桜井村 | 神代村 の一部 |
神代村の一部 | 昭和30年7月20日 東庄町 昭和31年 干潟町に編入 |
人口
平成27年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、3.58%減の66,586人であり、人口減少が進行している。増減率は千葉県下54市町村中31位、60行政区域中37位。
旭市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 旭市の年齢・男女別人口分布(2005年) | ||
■紫色 ― 旭市
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 | ||
旭市(に相当する地域)の人口の推移 | |||
総務省統計局 国勢調査より |
香取市 | 東庄町 | 銚子市 | ||
旭市 | ||||
匝瑳市 | (太平洋) |
- ^ “平成29年市町村別農業産出額(推計):農林水産省”. www.maff.go.jp. 2019年6月13日閲覧。
- ^ a b “新「旭市」がスタート 人口7万、世帯数2万 新市長選 24日告示、31日投開票 行事、手続き目白押し 農業生産額は県内1位に”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 朝刊 16. (2005年7月2日)
- ^ “旭市過疎地域持続的発展計画について”. 旭市. 2023年7月24日閲覧。
- ^ 旭市市勢要覧2013より
- ^ 旭市ホームページより
- ^ 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 12 千葉県』、角川書店、1984年 ISBN 4040011201 より
- ^ “千葉県旭市 米本新市長が初登庁 「汗をかき 市民のために働く」”. 千葉テレビ放送. (2021年8月2日) 2021年8月2日閲覧。
- ^ 歴代知事編纂会 1983, 897-900頁.
- ^ “3期12年 千葉県旭市の明智市長が退任”. 千葉テレビ放送. (2021年7月30日) 2021年8月2日閲覧。
- ^ “4月26日から新庁舎で業務を開始しました”. 旭市. (2021年4月26日) 2021年8月2日閲覧。
- ^ 日経ビジネスオンラインより
- ^ “ふるさと産品・特産品:旭市”. www.city.asahi.lg.jp. 2019年6月12日閲覧。
- ^ “野菜生産出荷安定法:農林水産省”. www.maff.go.jp. 2019年6月12日閲覧。
- ^ 千葉県. “平成30年度消費者購買動向調査(千葉県の商圏)”. 千葉県. 2019年6月3日閲覧。
- ^ “イオン旭店、2023年2月閉店-旧扇屋ジャスコ、「旭サンモール」はリニューアルへ”. 都市商業研究所. 2024年2月18日閲覧。
- ^ “農村指導者・幽学ゆかりの旧林家住宅、きょう復元式”. 毎日新聞 (毎日新聞社): pp. 朝刊 25. (1988年11月17日)
- ^ “江戸期の農村改革者―幽学のモデル農家復元 干潟できょうテープカット”. 読売新聞 (読売新聞社): pp. 朝刊 25. (1988年11月17日)
- ^ “幽学しのぶ公園完成 干潟町史跡周辺約4ヘクタール”. 読売新聞 (読売新聞社): pp. 朝刊 25. (1990年5月11日)
- ^ “あさひ探訪 蛇園出清水地区の自然:旭市”. www.city.asahi.lg.jp. 2019年6月3日閲覧。
- ^ 千葉県. “旭市の国・県指定文化財”. 千葉県. 2019年6月12日閲覧。
- ^ “毎日フォーラム・霞が関人物録 千葉県(下)”. 毎日新聞デジタル (毎日新聞社). (2022年1月10日) 2024年4月13日閲覧。
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