かくじき‐きょうめい【核磁気共鳴】
核磁気共鳴
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/11/03 08:54 UTC 版)
核磁気共鳴(かくじききょうめい、英: nuclear magnetic resonance、NMR) は外部静磁場に置かれた原子核が固有の周波数の電磁波と相互作用する現象である。
概略
原子番号と質量数の少なくとも一方が奇数である原子核は0でない核スピン量子数 I と磁気双極子モーメントを持ち、その原子核は小さな磁石と見なすことができる。磁石に対して静磁場をかけると磁石は磁場ベクトルの周りを一定の周波数で歳差運動する。原子核も同様に磁気双極子モーメントが歳差運動を行なう。この原子核の磁気双極子モーメントの歳差運動の周波数はラーモア周波数と呼ばれる。この原子核に対してラーモア周波数と同じ周波数で回転する回転磁場(電磁波)をかけると磁場と原子核の間に共鳴が起こる。この共鳴現象が核磁気共鳴と呼ばれる。
磁場中に置かれた原子核はゼーマン効果によって 2I + 1 個のエネルギー状態をとり、それらのエネルギー差の大きさは一定で、磁場の強度に比例する。このエネルギー差の大きさはちょうどラーモア周波数と等しい周波数を持つ光子のエネルギーと一致する。そのため、共鳴時には電磁波の共鳴吸収あるいは放出が強く生じるので、共鳴現象を検知することができる。
応用
- 核磁気共鳴分光法
- 核磁気共鳴は発見当初は原子核の内部構造を研究するための実験的手段と考えられていた。しかし、後に原子核のラーモア周波数がその原子の化学結合状態などによってわずかながらも変化すること(化学シフト)が発見された。これにより核磁気共鳴を物質の分析、同定の手段として用いることが考案された。このように核磁気共鳴によるスペクトルを得る分光法を核磁気共鳴分光法と呼ぶ。核磁気共鳴分光法のことも単にNMRと略称する。
- 核磁気共鳴画像法 (MRI)
- 核磁気共鳴において共鳴の緩和時間はその原子核の属する分子の運動状態を反映する。生体を構成している主な分子は水であるが、水分子の運動はその水分子が体液内のものか臓器内のものかによって異なる。よってこれを利用して体内の臓器の形状を知ることが可能である。これをコンピュータ断層撮影法に応用した方法が核磁気共鳴画像法 (MRI) である。
- 量子コンピュータ
- 量子コンピュータの実現方法の一つとして、核磁気共鳴を用いるものが提案されている。量子ビットには原子核スピンを用いる。
歴史
- 1936年 コルネリウス・ゴルテルがミョウバンとフッ化リチウムの結晶を用いてNMR信号の検出を試みるが失敗[1]。
- 1938年 イシドール・ラビが塩化リチウムの分子線を用いてNMR信号を検出することに成功[2][3](1944年ノーベル物理学賞受賞)。
- 1942年 コルネリウス・ゴルテルが論文中で初めてNuclear Magnetic Resonanceの言葉を使用した。
- 1946年 エドワード・パーセルがパラフィン、フェリックス・ブロッホが硝酸鉄(III) 水溶液を用いて凝縮系のNMR信号を検出することに成功(1952年ノーベル物理学賞受賞)。
- 1948年 Russell H. Varianが自由誘導減衰信号の検出について記述した特許 "Method and means for correlating nuclear properties of atoms and magnetic fields" を出願した[4]。同時期日本国内でも大阪大学の菊池正士や東北大学科学計測研究所の岡村俊彦、東京大学理工学研究所の熊谷寛夫等、複数のグループにより先駆的な試みが模索されていた[5][6][7][8]。
- 1950年 硝酸アンモニウムの窒素のNMR信号が2つの周波数を持つこと、すなわち化学シフトが発見される。すぐに水素やフッ素でも化学シフトが発見された。また、六フッ化アンチモン酸ナトリウムのアンチモンのNMR信号が分裂していることも発見された。これはスピン結合(核間相互作用)の発見である。これらはNMR分光法の端緒となった。
- 1950年 電気通信大学の藤原鎮男と林昭一が日本初のNMR信号を検出した[9][10]。
- 1950年 アーウィン・ハーンがスピンエコー法を発見。
- 1953年 アルバート・オーバーハウザーがオーバーハウザー効果を理論的に予測。すぐに効果の実在が確認され、NMR分光法の感度向上や立体配置の決定に利用されるようになった。
- 1954年 久保亮五、冨田和久らにより線形応答理論に基づいたフーリエ変換NMRの基礎理論が提唱された[11]。
- 1956年 ウェストン・アンダーソンが多量子遷移の観測に成功。同年、Russell H. Varianがフーリエ変換NMRの概念について記述した特許 "Gyromagnetic resonance methods and apparatus" を出願した[12]。
- 1957年 フッ化カルシウムを用いてフーリエ変換NMRがはじめて測定された。
- 1958年 レイモンド・アンドリューがマジック角回転法を提唱。高分解能固体NMRの測定が可能となった。
- 1962年 スヴェン・ハートマンとアーウィン・ハーンがハートマン・ハーン効果を発見。
- 1965年 高速フーリエ変換 (FFT) のアルゴリズムが実用化される。
- 1966年 リヒャルト・エルンスト、レイモンド・アンドリューによりフーリエ変換NMR分光法が確立する(1991年にエルンストはノーベル化学賞受賞)。
- 1971年 ジーン・ジェーナーが講演で2次元NMRのアイデアを提案する。
- 1976年 リヒャルト・エルンストが2次元NMRを測定する。
- 1983年 フランク・ヴァンデヴェンら、オーレ・ソレンセンらのグループにより直積演算子法が導入された。
- 1997年 クルト・ヴュートリッヒによりTROSYが提唱された。高分子の高分解能測定が可能となった(2002年ノーベル化学賞受賞)。
理論

NMRの理論では、「共鳴現象」と「緩和現象」についての説明がなされる。
NMRの理論的な説明には、古典的なベクトルモデルによるものと、量子(統計)力学によるものがある。量子統計力学による説明のほうが扱える範囲は広い。たとえば2次元NMRなどの2量子コヒーレンスなどを用いた手法は量子力学によるものでないと扱えない。
ベクトルモデル
ベクトルモデルとは、様々なスピン集団の中でただ一種類のスピン集団だけを問題にし、このスピン集団の振る舞いを「古典的な磁化ベクトルの動き」として考える方法である。ベクトルモデルで考えると、スピン集団の振る舞いが、一見すると1個のスピンのように表される。
ブロッホの方程式
フェリックス・ブロッホは現象論的な考察から、原子核が磁場中で作り出す磁化ベクトルの時間変化を以下の式で表現した。熱平衡状態の磁化の方向をz軸にとり、観測対象の原子核の磁気回転比をγ、かけられている磁場を
- John.D.Roberts (1959). Nuclear Magnetic Resonance : applications to organic chemistry. McGraw-Hill Book Company. ISBN 9781258811662
- J.A.Pople; W.G.Schneider; H.J.Bernstein (1959). High-resolution Nuclear Magnetic Resonance. McGraw-Hill Book Company
- A. Abragam (1961). The Principles of Nuclear Magnetism. Clarendon Press. ISBN 9780198520146
- Charles P. Slichter (1963). Principles of magnetic resonance: with examples from solid state physics. Harper & Row. ISBN 9783540084761
- 藤原鎭男、中川直哉、清水博『高分解能核磁気共鳴 化学への応用』丸善、1962年。ASIN B000JAK7Y0。
- ジョン・ディ・ロバーツ 著、田中 豊助 訳『核磁気共鳴吸収―有機化学への応用』技報堂、1962年。ASIN B000JAL672。
- L.M.Jackman 著、清水 博 訳『核磁気共鳴―その有機化学への応用』東京化学同人、1962年。ASIN B000JAKNMG。
- C.P.スリクター 著、益田義賀 訳『磁気共鳴の原理』岩波書店、1966年。
- C.P.スリクター 著、益田義賀 訳『磁気共鳴の原理』シュプリンガー・フェアラーク東京、1998年。ISBN 9784431707820。
- R.R.エルンスト、G.ボーデンハウゼン、A.ヴォーガン 著、永山国昭、藤原敏道、内藤晶、赤坂一之 訳『エルンスト 2次元NMR 原理と測定法』吉岡書店、2000年。
- 荒田洋治『NMRの書』丸善、2000年。ISBN 9784621047934。
- 安岡弘志『岩波講座 物理の世界 ものを見るとらえる 核磁気共鳴技術』 3巻、岩波書店、2002年。ISBN 4-00-011179-5。
- R.R. エルンスト、G. ボーデンハウゼン 著、永山國昭 訳『2次元NMR: 原理と測定法』吉岡書店、2000年。ISBN 9784842702896。
- 阿久津秀雄、嶋田一夫、鈴木榮一郎、西村善文編 『NMR分光法 原理から応用まで 日本分光学会測定法シリーズ41』 学会出版センター、2003年
- Robert M. Silverstein、Francis X. Webster 『有機化合物のスペクトルによる同定法 - MS、IR、NMRの併用』 荒木峻、山本修、益子洋一郎、鎌田利紘訳 東京化学同人、1999年
関連項目
- 分光法
- 機器分析化学
- 分析化学
- 電子スピン共鳴 (ESR)
- 強磁性共鳴 (FMR)
- 核四重極共鳴(NQR)
- 核磁気共鳴分光法
- 糖質の核磁気共鳴分光法
- フッ素19核磁気共鳴
- 永久磁石式核磁気共鳴分光計
- 固体核磁気共鳴(固体NMR)
- 直積演算子
- 地磁気核磁気共鳴
- 低磁場核磁気共鳴
- ゼロ磁場核磁気共鳴
- 核磁気共鳴画像法
- プロトン磁力計
- オーバーハウザー磁力計
外部リンク
核磁気共鳴
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/17 14:36 UTC 版)
NMRスペクトルでは、アルカンに限らず、メチル基のプロトンは δ 0.7–1.3 に、飽和第二級炭素のプロトンはδ 1.2–1.6に、飽和第三級炭素のプロトンはδ 1.4–1.8にピークを与える。炭素13の共鳴はついている水素原子の数によって変化し、メチルは δ 0–30、メチレンは δ 15–55、メチンは δ 25–55である。4級炭素はオーバーハウザー効果の影響をあまり受けないため、プロトンをデカップリングした13C NMRスペクトルでは特にピークが小さくなる。通常の測定条件ではピークが見つけられないこともある。
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