憲法草案とは? わかりやすく解説

憲法草案

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/05 05:02 UTC 版)

コートニー・ホイットニー」の記事における「憲法草案」の解説

1946年2月3日マッカーサー憲法改正必須要件いわゆるマッカーサー三原則」)をコートニー・ホイットニーGHQ民政局長に示し1週間以内憲法改正案作成指示し翌日から民政局内で作業開始された。ホイットニー指揮して作成されいわゆるマッカーサー草案」は同年2月12日完成し2月13日ホイットニー自らの手で、麻布外務大臣官邸において吉田茂憲法担当国務大臣松本烝治手交同時にホイットニーは、松本烝治から提出されていた憲法改正要綱松本甲案)は、「自由と民主主義文書として、最高司令官受け容れることは全く不可能」との申し入れ行なったこの手時に日本政府側の出席者に対して「案を飲まなけれ天皇軍事裁判にかける」「我々は原子力の日光浴をしている」などの恫喝言動をした。 日本政府は、手交されたGHQ草案沿って憲法改正方針決定し日本案3月2日案)を作成した3月2日案は、「恰モ毬(いが)ノママノノ如ク到底之ヲ呑ミ込ムコト能ハ」ないGHQ草案を、「一応大ナル毬ヲ取リ一部皮ヲ剥ク程度」にしたものであった松本烝治手記)。 1946年3月4日午前10時日本政府GHQは、皇居の壕端に位置する第一生命ビル旧日本軍東部軍管区司令部千代田区有楽町6階民政局において、草案作成責任者ホイットニー臨席の下、草案松本甲案)の協議開始日本政府GHQ草案日本語訳用意していたことが判明した時点で、協議GHQ草案検討移行した午後6時ごろ、夜が明けるまでの間に確定草案(ファイナル・ドラフト)を仕上げたいとするGHQ意向により、協議夜を徹して行なわれ協議開始から32時間後の翌3月5日午後3時ごろに終了確定草案出来上がった協議の末に確定され日本国憲法草案を、日本政府3月6日午後5時に憲法改正草案要綱として発表した

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憲法草案

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/10 09:59 UTC 版)

台湾共和国」の記事における「憲法草案」の解説

台湾独立運動では、運動の一環として台湾共和国の憲法草案が発表された事があった。台湾共和国臨時政府除けば、最も早く発表され草案1988年許世楷(元台北駐日経済文化代表処代表)が発表した案である。その後1991年10月民主進歩党許信良主導で「台湾共和国建設」を党綱領修正盛り込み2003年には台湾団結連盟(台連)が台湾共和国憲法の『制憲綱領』を発表している。 なお、許世楷の憲法草案では、中華民国実効統治する福建省沿岸金門島馬祖島金馬地区)を台湾共和国領土として包括していない(第4条)。しかしその一方で、台連が発表した制憲綱領』では金馬地区台湾共和国領土包括しており、金馬地区巡って意見分かれている。現在、台湾共和国樹立動きは、現状維持派が多数占め急進的な独立派統一派とも決め手欠いている現在の台湾世論では大多数から支持を受けにくい状況にある。

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