GopherからWWWへ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/26 02:22 UTC 版)
「インターネットの歴史」の記事における「GopherからWWWへ」の解説
詳細は「World Wide Web」を参照 1980年代から1990年代初めにかけてインターネットが成長するにつれて、ファイルや情報を整理して見つけやすくする必要性が徐々にわかってきた。Gopher、WAISといったプロジェクトやFTPアーカイブの一覧を作るといった試みは分散して存在するデータを組織化するために行われた。しかし、これらの試みはあまり成功したとは言えない。 このころ最も注目されたユーザインタフェースパラダイムがハイパーテキストである。ヴァネヴァー・ブッシュの「Memex」に触発され、テッド・ネルソンのザナドゥ計画やダグラス・エンゲルバートのNLSの研究で開発された。小規模の自己完結型ハイパーテキストシステムはいくつも開発されており、例えばアップルの HyperCard (1987) がある。Gopherはインターネット上で広く使われた最初のハイパーテキスト型インタフェースとなった。Gopherのメニューはハイパーテキストと言えるが、当時一般にはそう認識されていなかった。 1989年、CERNに勤務していたティム・バーナーズ=リーはハイパーテキストの概念をネットワーク上で実装したものを発明した。これを無償で公開したため、広く使われる技術となった。World Wide Web (WWW) の発展をもたらした業績により、バーナーズ=リーは2004年のミレニアム技術賞を受賞。初期の人気のウェブブラウザの1つとして、HyperCardにならって作られたViolaWWWがある。 World Wide Web の潜在的可能性のターニングポイントとなったのは、1993年のMosaicウェブブラウザの登場であった。Mosaicはイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の米国立スーパーコンピュータ応用研究所 (NCSA-UIUC) でマーク・アンドリーセンの率いるチームが開発したグラフィカルなブラウザである。Mosaicの開発資金は、1991年高性能計算・通信法 (en) 、別名「ゴア法案」に基づく「高性能計算・通信イニシアティブ」から出されていた。実際、間もなくMosaicのグラフィカルなインタフェースは当時基本的にテキストベースだったGopherより人気となり、WWWがインターネットにアクセスする際の最も好まれるインタフェースとなった。アル・ゴアは「私がインターネットを作った」と自分の役割を強調したが、2000年アメリカ合衆国大統領選挙でのネガティブキャンペーンの材料にされた(詳しくは en:Al Gore and information technology を参照)。 Mosaicは1994年、スピンアウトしたアンドリーセンのNetscape Navigatorに世界で最も使われているウェブブラウザの座を奪われた。その後1997年からWindows 98と抱合せで配布されたInternet Explorerがバージョン4にて逆転し、他の様々なウェブブラウザも登場すると後継をMozilla Firefoxに譲りNetscapeは2008年を最後に消えていった。2014年3月現在のシェアは、パソコン向けではGoogle Chromeが調査によっては首位もしくは2位となり, モバイル向けではSafariが首位である。
※この「GopherからWWWへ」の解説は、「インターネットの歴史」の解説の一部です。
「GopherからWWWへ」を含む「インターネットの歴史」の記事については、「インターネットの歴史」の概要を参照ください。
- GopherからWWWへのページへのリンク