20系固定編成客車「あさかぜ」の登場とは? わかりやすく解説

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20系固定編成客車「あさかぜ」の登場

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/11 07:08 UTC 版)

あさかぜ (列車)」の記事における「20系固定編成客車「あさかぜ」の登場」の解説

1958年昭和33年10月1日:「あさかぜ」に新たに開発され20系客車置き換えられる。「あさかぜ」の食堂車担当日本食堂から都ホテル移行従来日本食堂営業クルー「はやぶさ」食堂車営業移行する1960年昭和35年):年末年始臨時列車として「臨時あさかぜ」を東京 - 熊本間で運行下り基準12月24日 - 1月14日上り1日繰り下げ)。「あさかぜ」の名称で博多以南運行されたのはこの時だけ。のちのダイヤ改正不定期特急「みずほ」として毎日運行される1961年昭和36年10月1日:"サンロクトオ"のダイヤ改正により、東海道本線・山陽本線客車使用した特急列車が「あさかぜ」を含めた九州方面夜行特急のみとなり、列車番号従来7・8列車から3・4列車となる。 1964年昭和39年3月20日:前1963年昭和38年12月20日実施した東京 - 広島間の牽引電気機関車EF58形からEF60形への交代に伴う「あさかぜ編成変更実施。「あさかぜ」に一等寝台車集中するいわゆる殿様あさかぜ」として著名となる編成組んだそのとき編成下記参照されたい。 1965年昭和40年10月1日:この日までに、1964年昭和39年6月から始まったあさかぜ」ほか九州特急一等座席車以外の全車寝台化が完成1968年昭和43年10月1日臨時列車として運行されていた:「あさかぜ」の1往復定期化して、2往復体制となる。 1970年昭和45年10月1日東京 - 広島間を呉線経由運行されていた寝台急行列車安芸」を格上げ統合。「あさかぜ」3往復体制となる。ただし、格上げされ特急列車あさかぜ」の方は山陽本線経由であり、運行時間帯多少異なる。この列車は、東京 - 下関間を運行、「あさかぜ」(下り3号・(上り1号とした。 1972年昭和47年3月15日東京 - 博多運行の1往復あさかぜ」(下り2号・(上り3号14系客車置き換える7月15日博多発着列車20系客車運行されている「あさかぜ」(下り1号・(上り2号編成変更個室2両を含むA寝台車5両とグリーン車が1両連なる編成となる。そのとき編成下記参照されたい。

※この「20系固定編成客車「あさかぜ」の登場」の解説は、「あさかぜ (列車)」の解説の一部です。
「20系固定編成客車「あさかぜ」の登場」を含む「あさかぜ (列車)」の記事については、「あさかぜ (列車)」の概要を参照ください。

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