2 - 109とは? わかりやすく解説

2109

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/19 05:43 UTC 版)

国鉄2100形蒸気機関車」の記事における「2109」の解説

1892年明治25年)に日本鉄道導入され同年4月1日172として運用開始したが、1894年には63改番された。 1904年日露戦争では、野戦鉄道提理部供出1906年日本鉄道国有化され同年11月1日付で鐵道作業局63として転入1909年10月1日付で2109に改番された。1929年には、中央本線での運用最後に松本機関庫廃車となり、同年7月12日付で西濃鉄道払い下げられ石灰石輸送使用された。 1964年昭和39年)にディーゼル機関車導入されたことにより、予備機となったが、1966年昭和41年5月15日まで運用。翌16日廃車となり、その後野ざらし状態で美濃赤坂駅構内留置されていた。 本機保存を、鉄道友の会名古屋支部呼びかけていたが、保存先が見つからなかった。 しかし1969年昭和44年)には、1949年まで蒸気機関車運転していて、それに携わった職員残っていた大井川鉄道(現・大井川鐵道)で保存される方針となった1970年昭和45年8月2日鉄道友の会主催発車式が美濃赤坂駅行われ同月8日EH10 22牽引貨物列車最後尾連結され大垣駅出発した。同10日金谷駅到着し新金谷車両区回送された。同区ではチムニーキャップやロッド取り付けられる、バッファービームを赤く塗られるといった整備受けたこの際転車台煙突側が金谷方に向けられ13日千頭駅回送され、同駅構内での静態保存開始同年11月千頭 - 川根両国間の側線でのミニSL列車牽引機として保存運転を開始した老朽化のため、1976年昭和51年)ごろから休車となり、再び千頭駅構内静態保存されていた。 1990年平成2年)には蒸気機関車動態保存20周年記念し同年4月24日金谷駅構内での静態保存開始したが、1992年平成4年5月31日産業考古学推薦産業遺産認定された。同年8月21日新金谷車両区回送され、再整備を受け、翌1993年平成5年8月20日に同区で再び火が入れられた。同月28日C11 312牽引特別回列車最後尾連結され千頭駅回送された。同30日には、同駅構内での一般公開構内運転、転車台での撮影会が行われた。 同年9月4日大井川鉄道から搬出され、同月6日日本工業大学搬入された。同10日お披露目式典が行われ、翌11日一般公開された。 同大学では、学内行事学会開催時に不定期に運転が実施されたていたが、貴重な産業遺産として永久に動態保存するとしており、2002年平成14年4月20日からは定期的に運転が実施されている。

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