1977年・1997年の橋
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「上江橋」の記事における「1977年・1997年の橋」の解説
今までの旧上江橋は幅員が狭小で老朽化のほか、車両の大型化や増加する交通量に対処するため、建設省関東地方建設局(現国土交通省関東地方整備局)が事業主体となり、総工費45億円を投じて1972年(昭和47年)10月1日着工(第1期工事)され、旧上江橋完成20年後となる1977年(昭和52年)12月7日に新上江橋として100メートル上流側に暫定2車線で完成した。橋の施工は東京鐵骨橋梁、および松尾橋梁が行なった。 基礎工は、低水敷は洗掘を考慮するためニューマチックケーソンで、高水敷は鋼管杭基礎を使用している。橋長1,604.0メートル、幅員10.0メートル(内、歩道2.0メートル)、最大支間長83メートルの28径間の鋼連続箱桁橋(左岸側13径間は鋼連続鈑桁橋)である。上部工(橋桁)は3径間の連続箱や3径間および4径間の連続鈑桁を組み合わせている。この新上江橋は、4車線化した場合の外回り(春日部方面行き)車線として架橋され、開通後は春日部方面への一方通行路として使用し、新橋が完成しても旧橋の使用は継続された(上述の通り旧橋は後に川越方面への一方通行路となる)。また、右岸側は同時期に竣工した長さ308.6メートルの古谷高架橋(外回り)に接続された。 1987年(昭和62年)より第2期工事が着工され、1997年(平成9年)8月20日、西大宮バイパス建設に併せて新上江橋の下流側に内回り(川越方面行き)車線が架橋され4車線化が完工、合わせて右岸側のアプローチ区間である長さ210.0メートルの古谷高架橋(内回り)が架橋され、旧上江橋から付け替えられた。現在はこの新上江橋を上江橋と呼ぶ。旧橋は内回り車線が架橋された際に取り壊されたが、遺構として橋脚1基(P7:さいたま市側より7番目の橋脚)が川越市の「暮らしの遺産」として保存されている。また旧橋の両側の取り付け道路の築堤も残されている。
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