アフリカネイションズカップ1976
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ナビゲーションに移動 検索に移動アフリカネイションズカップ 1976 1976 African Cup of Nations |
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大会概要 | |
開催国 | ![]() |
日程 | 1976年2月29日 - 3月14日 |
チーム数 | 8 (CAF連盟) |
開催地数 | 2 (2都市) |
大会結果 | |
優勝 | ![]() |
準優勝 | ![]() |
3位 | ![]() |
4位 | ![]() |
大会統計 | |
試合数 | 18試合 |
ゴール数 | 54点 (1試合平均 3点) |
得点王 | ![]() |
最優秀選手 | ![]() |
< 19741978 > |
アフリカネイションズカップ1976 (1976 African Cup of Nations)は、第10回目のアフリカネイションズカップであり、アフリカ各国の代表チームによって争われるサッカーの大会である。エチオピアの首都アディスアベバ、ディレダワで1976年2月29日から3月14日に行われ、モロッコが初優勝を決めた。
予選大会
出場国
予選に29ヶ国が参加し、以下の国が本大会に出場した
試合会場
アディスアベバ | ディレダワ |
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アディスアベバ・スタジアム | ディレダワ・スタジアム |
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![]() |
本大会
1次ラウンド
- 緑色に塗られている国は決勝リーグ進出国を示す
グループA
点 | 試 | 勝 | 分 | 負 | 得 | 失 | 差 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
![]() |
5 | 3 | 2 | 1 | 0 | 5 | 3 | +2 |
![]() |
4 | 3 | 1 | 2 | 0 | 4 | 3 | +1 |
![]() |
3 | 3 | 1 | 1 | 1 | 4 | 3 | +1 |
![]() |
0 | 3 | 0 | 0 | 3 | 2 | 6 | -4 |
グループB
点 | 試 | 勝 | 分 | 負 | 得 | 失 | 差 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
![]() |
5 | 3 | 2 | 1 | 0 | 6 | 3 | +3 |
![]() |
4 | 3 | 2 | 0 | 1 | 6 | 5 | +1 |
![]() |
2 | 3 | 0 | 2 | 1 | 3 | 4 | -1 |
![]() |
1 | 3 | 0 | 1 | 2 | 3 | 6 | -3 |
1976年3月1日
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ナイジェリア ![]() |
4 - 2 | ![]() |
---|---|---|
バタ・オトゥ ![]() オジェボデ ![]() ウシイェン ![]() |
カバス ![]() エムブング ![]() |
ディレダワ・スタジアム(ディレダワ)
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最終ラウンド
点 | 試 | 勝 | 分 | 負 | 得 | 失 | 差 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
![]() |
5 | 3 | 2 | 1 | 0 | 5 | 3 | +2 |
![]() |
4 | 3 | 1 | 2 | 0 | 6 | 4 | +2 |
![]() |
3 | 3 | 1 | 1 | 1 | 5 | 5 | 0 |
![]() |
0 | 3 | 0 | 0 | 3 | 5 | 9 | -4 |
アフリカネイションズカップ1976優勝国 |
---|
![]() モロッコ 初優勝 |
個人成績
- ベストイレブン
GK | DF | MF | FW |
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外部リンク
「1976 African Cup of Nations」の例文・使い方・用例・文例
- 1976年に新しい共和国が生まれた.
- コルシカ島の独立のために1976年に形成されたテロリスト・グループ
- 1976年にインドネシアによって併合された旧ポルトガル植民地
- フィンランドの建築家で家具デザイナー(1896年−1976年)
- ドイツのルター派の神学者(1884年−1976年)
- 米国の彫刻家で、最初にモービルとスタビルを創り出した(1898年−1976年)
- 多作の英国の探偵小説の作家(1890年−1976年)
- ドイツの哲学者で、世界の物体の人間の実存と不安に関する見解が実存主義の哲学者に影響を与えた(1889年−1976年)
- ドイツの数学的物理学者で、不確定性原理を提唱したことで知られる(1901年−1976年)
- 英国の画家(1887年−1976年)
- ソビエトの遺伝学者で、ラマルクの進化論への固執がスターリンにより支持された(1898年−1976年)
- フランスの小説家(1901年−1976年)
- 中国の共産党の指導者(1893年−1976年)
- フランスの生化学者で、遺伝子がどう活性であるかを説明して(フランソア・ヤコブと共に)、メッセンジャーRNAの存在を勧めた(1910年−1976年)
- 米国の化学者(ノルウェー生まれ)で、熱力学における業績で知られる(1903年−1976年)
- 米国の新古典主義作曲家(1894年−1976年)
- 米国のコロラトゥーラ・ソプラノ(フランス生まれ)(1904年−1976年)
- 米国のバス歌手、人種差別の辛口の批評家で社会主義の提案者(1898年−1976年)
- 英国の女優(1882年−1976年)
- 米国の抽象画家で、東洋の書道に影響を受けた(1890年−1976年)
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