1970年アジア競技大会とは? わかりやすく解説

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1970年アジア競技大会

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/12/11 00:10 UTC 版)

第6回アジア競技大会
VI Asian Games
開催国・都市 タイバンコク
参加国・地域数 18ヶ国
参加人数 1,802人
競技種目数 13競技
開会式 1970年12月9日
閉会式 1970年12月20日
開会宣言 ラーマ国王
主競技場 スパチャラサイ国立競技場
Portal:オリンピック
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1970年アジア競技大会(1970ねんアジアきょうぎたいかい、VI Asian Games 1970)は、1970年12月9日から12月20日までタイ王国バンコクで行われたアジア競技大会[1][2]

大会は当初、韓国ソウルで行われる予定であったが、1968年1月に北朝鮮の特殊部隊のソウル侵入事件(青瓦台襲撃未遂事件)が発生するなどし、大会の安全が図れないということから1968年4月に韓国は大会開催を返上、前回大会を開催したタイ・バンコクで行うことになった。競技には前回大会の施設を利用し、開催費用は韓国をはじめ参加各国が援助した。ベトナム戦争の影響によりタイと国交を断絶していたため前回大会に不参加だったカンボジアは、クメール共和国として復帰した。

この大会からはヨットが新たに競技種目に加わった。日本は水球で金メダルを獲得している[3]

参加国・地域

参加国・地域人数

IOC 参加国・地域 人数

実施競技

各国・地域の獲得メダル数

国・地域
1 日本 74 47 23 144
2 韓国 18 13 23 54
3 タイ 9 17 13 39
4 イラン 9 7 7 23
5 インド 6 9 10 25
6 イスラエル 6 6 5 17
7 マレーシア 5 1 7 13
8 ビルマ連邦 3 2 7 12
9 インドネシア 2 5 13 20
10 セイロン 2 2 0 4
11 フィリピン 1 9 12 22
12 台湾 1 5 12 18
13 パキスタン 1 2 7 10
14 シンガポール 0 6 9 15
15 クメール共和国 0 2 3 5
16 ベトナム共和国 0 0 2 2
  合計 137 133 153 423

脚注

  1. ^ A-Games: 18 confirm [アジア競技大会:18カ国出場を確認]” (英語). ザ・ストレーツ・タイムズ (24 September 1970). 2018年7月29日閲覧。
  2. ^ Medals count [競技結果]”. ザ・ストレーツ・タイムズ. p. 23 (1970年12月21日). 2015年8月8日閲覧。[リンク切れ]
  3. ^ Results [競技結果]”. ザ・ストレーツ・タイムズ. p. 30 (1970年12月17日). 2015年8月8日閲覧。

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