過去の特筆すべきレース
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/03/04 08:10 UTC 版)
「アデレード市街地コース」の記事における「過去の特筆すべきレース」の解説
1986年には、ナイジェル・マンセル、ネルソン・ピケ、アラン・プロストの3人にチャンピオンの可能性が残されていたが、マンセルがタイヤバーストによりリタイアを喫し、プロストが逆転で2年連続のチャンピオンを獲得することとなった。 1989年は豪雨の中で行われ、雨が得意なアイルトン・セナをはじめ多数がクラッシュしリタイアする中、ロータスの中嶋悟がマシン性能が上回るリカルド・パトレーゼを追い回し、自身唯一となるファステストラップを記録し、自身の最上位タイとなる4位に入賞した。 1990年はネルソン・ピケがファイナルラップでナイジェル・マンセルに追いつかれる。マンセルはバックストレートエンドでピケのオーバーテイクを試みるものの失敗。ピケは前戦の日本グランプリに続く勝利となる。また過去のライバル同士のバトルであったため、このバトルを至近で見ていた周回遅れのステファノ・モデナは2人のバトルについて『殺気を感じた』と語っている。 1991年には豪雨によりレース序盤に赤旗が出され、結局14周走行時点でレース終了となった為、約24分という史上最短グランプリになった。 1992年には、マクラーレンのゲルハルト・ベルガーが優勝したが、このレース限りで第2期活動を休止することとなったホンダにとっては、第2期活動で最後の優勝となっている。 1993年には、プロストがこのレースをもってF1から引退することとなったが、長きに渡って確執が続いたアイルトン・セナと「和解」の握手をするシーンが見られた。このことは、翌1994年にセナがサンマリノGPでの事故で他界したことから、非常に印象に残る出来事となった。 1994年は、ミハエル・シューマッハとデイモン・ヒルのチャンピオン争いとなったが、レース中盤に両者が接触し、リタイアとなった為、シューマッハが初のチャンピオンに輝いた。ちなみにこのレースで勝利したマンセルは、これが生涯最後のF1での勝利となった。 1995年には、多くの有力ドライバーが次々とリタイアする中、ヒルが勝利を飾った。2位を2周遅れにする「圧勝」となったが、優勝者が2位以下を2周以上周回遅れにしたのはF1史上でも唯一のことであった。チームメイトのデビッド・クルサードはトップ快走中にピットロードでクラッシュし、ミカ・ハッキネンは予選で瀕死の大事故を起こした。
※この「過去の特筆すべきレース」の解説は、「アデレード市街地コース」の解説の一部です。
「過去の特筆すべきレース」を含む「アデレード市街地コース」の記事については、「アデレード市街地コース」の概要を参照ください。
- 過去の特筆すべきレースのページへのリンク