評価の失墜
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/04/15 05:40 UTC 版)
「ウィリアム・アイザック・トマス」の記事における「評価の失墜」の解説
『ヨーロッパとアメリカにおけるポーランド農民』によって高く評価されたトマスだったが、学術的にも、非学術的にも、彼への評価はゆるぎやすいものであった。様々な理由から、彼は保守的なシカゴの支配階層からの批判的な声にさらされた。 また、トマスの研究主題の一部、例えば人間の性行動(英語版)は、論議を呼ぶものと思われた。それでも、トマスは彼の研究主題や関連する話題について、あからさまに話し続けた。このため彼は、大学から求められて記者団に釈明と謝罪の声明を発表しなければならない事態も、少なくとも1回、引き起こした。加えて、彼はボヘミアン的生活を送っていた。彼の生活様式は普通のものではなく、当時における尊敬される教授のイメージとは全く正反対であり、同僚たちの間でも議論を呼ぶ存在になっていた。 1918年、当時フランスに派遣されていたアメリカ陸軍の士官の妻であったグレインジャー夫人 (Mrs. Granger) という女性と同行していたトマスは、「非道徳的目的のために州境を超えて女性を移動させること」を禁じたマン法(英語版)違反の容疑で連邦捜査局 (FBI) によって逮捕された。この件については、当時反戦平和運動の活動家だったトマスの妻の信用を傷つけることを狙って、トマスが逮捕された可能性が示唆されている。トマスは、法廷で無罪放免となったものの、ネガティブなパブリシティによって彼のキャリアは取り返しがつかないほど傷ついた。保守的だったハリー・プラット・ジャドソン(英語版)学長の下、大学は裁判を待たずにトマスを解雇し、同僚たちからも抗議の声はほとんど上がらなかった。既に『ヨーロッパとアメリカにおけるポーランド農民』の最初の2巻を刊行していたシカゴ大学出版局は、出版契約を放棄し、これに続く3つの巻はボストンの Richard G. Badger によって出版された。ニューヨーク・カーネギー財団は、「アメリカナイゼーション (Americanization)」シリーズの1巻の執筆をトマスに依頼していたが、それをトマスの名で発表することを断ってきた。結局、1921年に『Old World Traits Transplanted』が、ロバート・E・パークとハーバート・A・ミラー (Herbert A. Miller) の共著として発表されたが、彼らはこの本のごく一部に寄稿していただけであった。ようやく1951年に至り、米国社会科学研究会議の委員会によって、この本の著者表示はトマスに戻され、本来の著者の名を記した再刊が行われた。
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