脚本家に専念とは? わかりやすく解説

脚本家に専念

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/05 05:43 UTC 版)

犬塚稔」の記事における「脚本家に専念」の解説

第二次世界大戦終戦後東宝宝塚映画)、大映で各1本ずつ監督した他は脚本業に専念大映移籍して勝新太郎個性派俳優転機するきっかけとなった不知火検校』の脚本手掛け、更に子母澤寛短編集ふところ手帳』の1エピソード膨らませた『座頭市物語』の脚本執筆時代劇ヒーロー座頭市強烈なキャラクター作り上げた。なお自身著書では、子母澤座頭市些細な原案しか執筆しておらず、実質的な設定犬塚自身手掛けた述べている。その説については支持する者も多いが異論もある。詳細座頭市#裏話#原作参照。 しかしシリーズが進むうちに勝や製作会社大映との間で作品イメージめぐって対立するようになり、『座頭市二段斬り』(1965年)を最後にシリーズ離れ同時に映画界からも離れてテレビ時代劇仕事の場を移すこととなる。その後も勝の懇願受けて映画新座頭市物語 折れた杖』やテレビシリーズ座頭市物語』などの脚本手掛けるが、1989年平成元年)、松竹製作され映画『座頭市』脚本料をめぐって勝との間で訴訟沙汰となる(その後和解)。 以後第一線から姿を消すが、以後映画史関連各種インタビューでの露出講演執筆活動行っていた。2002年平成14年)、NHK-BSドキュメンタリー『「101歳のシナリオ」〜日本映画生きた男・犬塚稔〜』で健在ぶりが紹介された。同年には自伝エッセイ映画陽炎の如く』も出版された。 晩年滋賀県高島市安曇川地域居住して執筆続けていたが、2007年平成19年9月17日老衰のため死去106歳没(享年107)。

※この「脚本家に専念」の解説は、「犬塚稔」の解説の一部です。
「脚本家に専念」を含む「犬塚稔」の記事については、「犬塚稔」の概要を参照ください。

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