羽村の民家(旧下田家)とその生活用具
名称: | 羽村の民家(旧下田家)とその生活用具 |
ふりがな: | はむらのみんか(きゅうしもだけ)とそのせいかつようぐ |
種別: | 衣食住に用いられるもの |
員数: | 1棟,1,210点 |
指定年月日: | 1984.05.22(昭和59.05.22) |
所有者: | 羽村市 |
所有者住所: | 東京都羽村市緑ヶ丘5-2-1 |
管理団体名: | |
備考: | 内訳:衣生活33点,食生活143点,住生活23点,農耕38点,漁撈17点 養蚕358点,紡織193点,諸職30点,交易15点,信仰302点 民俗知識35点,その他22点 東京都羽村市羽741番地所在の民家1棟 |
解説文: | 羽村は武蔵野台地の西端、多摩川の河岸段丘上に位置する集落である。この民家は下田家本家の母屋として、江戸時代の弘化4年(1847)に創建された(屋作中覚帳・床板裏の墨書による)。その後、明治時代に本家が同じ屋敷内に住宅を新築したため、空家となったが、大正6年に下田定吉が分家したため、その住居となった。昭和54年に建替のため、羽村町(当時)に寄贈され、町立博物館建設予定地に移築された。 その規模、構造形式は、桁行13.50m、梁間7.27m、入母屋造、茅葺で、ダイドコロと呼ばれる土間と、土間に面して西側にヒロマ、その奥にデイとヘヤを配した典型的な広間型の平面形式をとっている。また、神棚・床・スワリ流シ・製茶用のホイロ・ハタヤなどをよく残しており、この地方の農家の生活様式をよくうかがうことができる。 下田家からは、この民家で使用されてきた江戸時代以来の生活用具が民家とともに一括寄贈されたが、この生活用具は、衣食住関係の用具から生産関係用具、信仰・儀礼関係用具にわたっている。この地方の農家は、畑作を主とした農業を営んでおり、養蚕・紡織・製茶なども盛んであった。下田家は本来農業を営んでいたが、また、多摩川の砂利採取や、馬による運送業をした時期もあったために、農業関係の用具が豊富に残るとともに、こうした副業に関する用具も含まれており、この家の生産活動の側面をよく示している。また、江戸時代以来の多くの神札・神仏の表具類や江戸暦などが残されており、この家の信仰・儀礼の側面もよく伝えている。 江戸時代後期の民家と、当時以来のその家の生活用具が一体となって保存されていることは、きわめて意義深いといえる。 |
衣食住に用いられるもの: | 沢内及び周辺地域の積雪期用具 津軽・南部のさしこ着物 白山麓の積雪期用具 白峰の出作り民家 白峰の出作り生活の用具 秉燭コレクション 羽村の民家 |
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