縮小期の呉服流通と呉服店
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/21 14:01 UTC 版)
呉服などの着物関連産業は、最盛期には「2兆円産業」ともいわれ、1980年には1兆8,000億円の市場規模があったとされるが、その後の着物小売市場は2003年に6,270 億円、2014年に3,090 億円と、規模を縮小させている。この数値には、小物など呉服以外も含まれているため、呉服に限った市場規模は、およそ2700億円ともいわれる。 1990年代の縮小期を呉服商から販売業に転換することで乗り切った京都きものプラザは、些末な傷、織りムラ、目立たない汚れがある「B反」と呼ばれる反物を安く売り、これによって「呉服は高い」という常識を覆して人気を集めた。年間約220回の販売催事となった「大B反市」は当時の日本人がよく知る催事であり、顧客に販売員が付いて回る「つきそい営業」、B反と正規品のセットで販売を行う客単価向上戦略などがヒットし、2004年7月期には売上高約26億円を計上。しかし、呉服のオンライン販売の拡大、東レが開発した化織原料による廉価製品の登場、着付けの知識が不要で簡単に着られるセパレート着物など、安さで京都きものプラザに勝る製品が増え、手軽さで上回る流通手段が見られるようになったため、以後低迷。2015年4月に事業を停止し、同年6月に破産手続開始決定を受けた。 京都きものプラザを始めとして、2000年に入ってから2016年までの間に、1216社の呉服関連企業が経営破綻しており、最も多かった2000年では1年間で114社が倒産。連日倒産のニュースが駆け巡る中で、京都市室町通界隈では「NTTドコモ」という「次に潰れる呉服問屋」のイニシャルに「今や呉服商はどこ危ない」を加えた隠語が誕生する始末であった。 市場縮小の一因は、洋装の浸透にあるが、それに加えて1970年代以降の呉服商が、高価格製品の販売に注力したことが消費者の着物離れを加速させたという見方もある。呉服商は、売上総利益率は高いが、人件費率、販管費率も大きい。また、経営資本回転率、商品回転率が低く、市場の規模縮小などもあって、市場の流通在庫は2015年の時点で、およそ3-4兆円という巨額と推定されている。 呉服の流通チャンネルの多様化も進んでおり、2000年代以降はリサイクルきものの事業が注目され、2010年代にはネットショップでの売買が急成長した。さらに、インターネットによる通信販売とサロン風店舗を組み合せて急成長する例が登場するなど、既存の形態による呉服店に代わる新たな業態も登場している。
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