石黒敬七
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石黒 敬七(いしぐろ けいしち、1897年8月10日 - 1974年10月1日[1])は、日本の柔道家(講道館8段、大日本武徳会10段)、随筆家、古写真収集家。徳川夢声が創設した「ゆうもあくらぶ」の二代目会長[2]。レジオンドヌール勲章受章者[1]。長男は写真コレクションを引き継いだ石黒敬章[3]。
注釈
出典
- ^ a b c d e f g h i j k l m n 日外アソシエーツ現代人物情報
- ^ http://www.yumoa.jp/cn4/soshiki.html
- ^ http://ovninavi.com/731diaspora/
- ^ 『パリの日本人』鹿島茂、新潮社(2009-10-24)p159
- ^ a b c d e f g h i j k l m n くろだたけし (1985年8月20日). “名選手ものがたり69 -空気投げの“敬七旦那” 講道館8段、武徳会は10段の石黒敬七-”. 近代柔道(1985年8月号)、64頁 (ベースボール・マガジン社)
- ^ Mikinosuke KAWAISHI. Ma méthode de judo. Jean Gailhat(イラスト). フランス: Judo international. p. 87. "KUKI-NAGE"
- ^ a b c d 野間清治 (1934年11月25日). “柔道教士”. 昭和天覧試合:皇太子殿下御誕生奉祝、838頁 (大日本雄弁会講談社)
- ^ “新九段十六氏紹介”. 機関誌「柔道」(1958年6月号)、41頁 (財団法人講道館). (1958年6月1日)
- ^ くろだたけし (1985年12月20日). “名選手ものがたり73 -道上伯9段 フランスに渡って32年、柔道普及に尽力-”. 近代柔道(1985年12月号)、72頁 (ベースボール・マガジン社)
- ^ 『サザエさん』朝日文庫版第11巻、p.41
- ^ 出版者名である。第二版では雄風館となっている。
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