相談事業
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/23 16:25 UTC 版)
「アスベスト関連肺がん」の記事における「相談事業」の解説
労災保険や救済法においては認定基準が被害者を十分に救い上げる制度となっていない。そのため、申請を棄却された被害者やその遺族はNPOなどの民間団体へ相談を持ち込むケースが多々ある。特に、中皮腫・じん肺・アスベストセンターや中皮腫・アスベスト疾患・患者と家族の会ではそのような、いわゆる困難事例の相談にあたって認定に至るまでのサポートを積極的に支援している。アスベストセンターでは、「石綿肺がんの方へ 名取所長の長年の経験からのアドバイス」として情報提供をしている。同センターの「肺がんの方へ 相談員 斎藤からのアドバイス」にも肺がん患者を対象にしたメッセージを出している。 これらの団体が支援して労災保険の不支給処分が取り消された事案には以下のようなものがある。 ・2006年12月、23年間にわたって耐熱や断熱用に石綿製品が使われている造船所内で新造船や修理を担当していた男性が退職後に肺がんを発症した。2005年10月に新潟の労基署に労災の給付申請をしたが、胸膜プラーク・石綿小体・石綿繊維のいずれもが、CTや画像フィルム、肺組織の検査からみつけられなかったとして不支給決定を受けた。その後、支援団体が男性の乾燥肺から1グラムあたり401本の石綿小体を検出した。これは一般の人が35本から44本であることから比べれば11倍も高かった。その結果を名取雄司医師(ひらの亀戸ひまわり診療所)の意見書として提出し、新潟労働局が労基署の不支給決定を取り消した。 ・2008年10月、三菱マテリアル建材の工場で設備保全作業に30年以上従事して肺がんを発症した被害者の事案では、労災申請にあたって監督署の調査では収集されていなかった胸部CT画像の提出や複数の同僚の認定事例を指摘し、茨城労働者災害補償保険審査官が監督署の不支給処分を取り消した。 ・2011初頭に、自動車整備工場でブレーキパッドなど各種のアスベスト製品を取り扱っていた男性が肺がんを発症して死亡した後、遺族が労基署で労働者性がないという理由で申請が受理されなかった件が中皮腫・じん肺・アスベストセンターに寄せられた。調査の結果、被害者の男性は経営者となる以前には、被雇用者であったことが判明し、さらに当時の甚大な給与明細が残っていた。そのことが認定につながった。「単純に労働者性を否定せずにじっくり相談すれば解決した案件」であった。 ・2011年秋に、10年以上前に亡くなった肺がん被害者の遺族から中皮腫・じん肺・アスベストセンターに相談が寄せられた。その時点では、死亡診断書だけがあり、「肺癌」の2文字だけが唯一の手がかりであった。被害者は北関東のスレート工場で30年以上勤務しており、厚生労働省が毎年公開している石綿ばく露作業による労災認定等事業場一覧表にも認定例があった。しかし、受診していた3つの病院のうち、1つの病院の診断書が1枚見つかった以外の病理情報は存在しなかった。しかし、労災の申請から1ヵ月後、死亡診断書と社会保険記録のみで認定の通知があった。 ・2012年9月、東京都の公務災害としては初めて石綿肺の合併症として肺がんを発症した事例の公務災害認定がなされた。請求から約2年が経過していた。被害者の男性は公務員としてバスや清掃車などの大型自動車の整備をしていた。
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