潮汐破壊現象とは? わかりやすく解説

潮汐破壊現象

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/05/09 05:16 UTC 版)

潮汐破壊現象[1](ちょうせきはかいげんしょう)、星潮汐破壊現象[2](ほしちょうせきはかいげんしょう) (: tidal disruption event, TDE) または潮汐破壊フレア[3] (tidal disruption flare[4]) は、超大質量ブラックホール (SMBH) に星が十分に接近したことで、ブラックホール潮汐力に引き千切られてスパゲッティ化する天文現象のことである[5]

破壊された星の質量の一部がブラックホール周囲の降着円盤に取り込まれた結果、円盤内の物質がブラックホールによって消費され、一時的に電磁放射フレアが発生することがある。

初期の論文では、潮汐破壊現象は銀河核に隠れた大質量ブラックホールの活動の必然的結果であるとされていたが、後の理論物理学者たちは、恒星の破片の降着による爆発や放射線のフレアは、通常の銀河の中心に休眠状態にあるブラックホールが存在することを示す唯一の手がかりであるとしている[6]

歴史

物理学者のジョン・ホイーラーは、回転しているブラックホールのエルゴ領域で星が崩壊すると、放出されたガスがいわゆる「歯磨き粉のチューブ効果 (tube of toothpaste effect)」によって相対論的速度まで加速されることを示唆した[7]

彼は、古典的ニュートン力学の潮汐破壊問題を相対論的に一般化したものを、シュヴァルツシルト・ブラックホールカー・ブラックホールの近傍に適用することに成功した。

しかし、これら初期の研究は、非圧縮性の星モデルやロシュ半径にわずかに入り込んでいる星など、潮汐の振幅が小さい条件にのみ注意を向けていた。

1976年、ケンブリッジ大学天文学研究所の天文学者ジュハン・フランクとマーティン・リースは、銀河や球状星団の中心にブラックホールが存在する可能性を探り、星がブラックホールに邪魔されて飲み込まれる臨界半径を定義し、特定の銀河でこのような現象の観測が可能であることを示唆した[8]。しかし、当時このイギリスの研究者たちは、正確なモデルやシミュレーションを提案しなかった。

この不確かな予測と理論的なツールの欠如は、1980年代初頭にTDEの概念を考案したパリ天文台のジャン=ピエール・ルミネとブランドン・カーターの好奇心を刺激した。彼らの最初の研究は、1982年にNature誌に[9]、1983年にAstronomy&Astrophysics誌に掲載された[10]。彼らは、ルミネの表現を持ちいると「恒星パンケーキ・アウトブレイク (stellar pancake outbreak) 」モデルと呼ばれる、SMBHによって生成される潮汐場を記述するモデルに基づいて、活動銀河核 (AGN) の中心部の潮汐擾乱を記述することに成功し、その擾乱から生じる放射線の発生を「パンケーキ・デトネーション (pancake detonation) 」と呼んだ。後の1986年に、ルミネとカーターは、「スパゲッティ化」や「パンケーキ・フランベ (pancakes flambées) 」といった現象を発生させる10%ほどのケースだけでなく、TDEの全てのケースを網羅した分析をAstrophysical Journal Supplement誌に発表した[11]

1996年、DLR/NASAの天文衛星ROSATが1990年に実施した全天X線サーベイのデータから、NGC 5905の活動銀河核で初めてTDEの候補天体が検出された[12]。それ以来、十数個の候補が発見されており、中には未知の要因による紫外線可視光領域での活動的な天体も含まれている。今日、既知のTDEとTDE候補は、ハーバード・スミソニアン天体物理学センター理論計算研究所の研究者James Guillochonが運営する「The Open TDE Catalog」にリストアップされており、1999年以来91個がエントリーされている[13]

発見

NGC 5128やNGC 4438といったAGNや天の川銀河の中心部に位置するいて座A*など、大質量天体の恒星デブリ降着からの壮大な噴出が発見されたことにより、ついにルミネとカーターの理論は証明された。TDEの理論は、大質量ブラックホール事象の地平面の中に吸収される直前に爆発した高光度超新星SN 2015L(ASASSN-15lh)についてもよく説明している。

新たな観測結果

2016年9月、中国安徽省合肥市にある中国科学技術大学のチームは、NASAの広視野赤外線探査機WISEのデータを用いて、既知のブラックホールで恒星の潮汐破壊現象を観測したと発表した[14]。アメリカ メリーランド州ボルチモアにあるジョンズ・ホプキンス大学の別のチームは、さらに3つのイベントを検出した[15]。いずれの場合も、死にかけた星が作り出した宇宙ジェットが紫外線やX線を放出し、それがブラックホールの周囲のダストに吸収されて、赤外線として放出されているのではないか、という仮説が立てられた。 この赤外線の放射が検出されただけでなく、ジェットが紫外線やX線を放射してからダストが赤外線を放出するまでの時間の遅れを利用して、星を食べ尽くすブラックホールの大きさを推定できるのではないかと結論付けた[14][15]

2019年9月、NASAは、系外惑星探査衛星TESSによる観測データから、3億7500万光年離れた星ASASSN-19btのTDEを観測したと発表した[16][17]

出典

  1. ^ Cenko, S. Bradley、Gehrels, Neil「星を引き裂く姿 潮汐破壊現象」『日経サイエンス』第47巻第8号、30-39頁、ISSN 0917-009X 
  2. ^ 川室太希「MAXIで明らかにした超巨大ブラックホールによる星潮汐破壊現象の硬X線光度関数」『天文月報』第111巻第12号、2018年、856-863頁、ISSN 0374-2466 
  3. ^ 星を飲み込んだブラックホールが放射する電波のこだま”. AstroArts (2018年3月26日). 2020年5月15日閲覧。
  4. ^ Merloni, A. et al. (2015). “A tidal disruption flare in a massive galaxy? Implications for the fuelling mechanisms of nuclear black holes”. Monthly Notices of the Royal Astronomical Society 452 (1): 69-87. arXiv:1503.04870. Bibcode2015MNRAS.452...69M. doi:10.1093/mnras/stv1095. ISSN 0035-8711. 
  5. ^ Astronomers See a Massive Black Hole Tear a Star Apart”. Universe today (2015年1月28日). 2020年5月15日閲覧。
  6. ^ Gezari, Suvi (2013). “Tidal Disruption Events”. Brazilian Journal of Physics 43 (5-6): 351-355. Bibcode2013BrJPh..43..351G. doi:10.1007/s13538-013-0136-z. ISSN 0103-9733. 
  7. ^ Wheeler, J. A. (1971). “Mechanisms for jets”. Pontificiae Academiae Scientiarum Scripta Varia 35: 539-567. ISSN 1288-8850. 
  8. ^ Frank, J.; Rees, M. J. (1976). “Effects of Massive Central Black Holes on Dense Stellar Systems”. Monthly Notices of the Royal Astronomical Society 176 (3): 633-647. Bibcode1976MNRAS.176..633F. doi:10.1093/mnras/176.3.633. ISSN 0035-8711. 
  9. ^ Carter, B.; Luminet, J. P. (1982). “Pancake detonation of stars by black holes in galactic nuclei”. Nature 296 (5854): 211-214. Bibcode1982Natur.296..211C. doi:10.1038/296211a0. ISSN 0028-0836. 
  10. ^ Carter, B.; Luminet, J. P. (1983). “Tidal compression of a star by a large black hole. I Mechanical evolution and nuclear energy release by proton capture”. Astronomy & Astrophysics 121 (1): 97. Bibcode1983A&A...121...97C. ISSN 0004-6361. 
  11. ^ Luminet, J. P.; Carter, B. (1986). “Dynamics of an affine star model in a black hole tidal field”. The Astrophysical Journal Supplement Series 61: 219. Bibcode1986ApJS...61..219L. doi:10.1086/191113. ISSN 0067-0049. 
  12. ^ Bade, N.; Komossa, S.; Dahlem, M.. “Detection of an extremely soft X-ray outburst in the HII-like nucleus of NGC 5905.”. Astronomy and Astrophysics 309: L35-L38. Bibcode1996A&A...309L..35B. ISSN 0004-6361. 
  13. ^ The Open TDE Catelog”. 2020年5月15日閲覧。
  14. ^ a b Jiang, Ning et al. (2016). “The WISE Detection of an Infrared Echo in Tidal Disruption Event ASASSN-14li”. The Astrophysical Journal 828 (1): L14. arXiv:1605.04640. Bibcode2016ApJ...828L..14J. doi:10.3847/2041-8205/828/1/L14. ISSN 2041-8213. 
  15. ^ a b van Velzen, S.; Mendez, A. J.; Krolik, J. H.; Gorjian, V. (2016). “Discovery of transient infrared emission from dust heated by stellar tidal disruption flares”. The Astrophysical Journal 829 (1): 19. arXiv:1605.04304. Bibcode2016ApJ...829...19V. doi:10.3847/0004-637X/829/1/19. ISSN 1538-4357. 
  16. ^ NASA’s TESS Mission Spots Its 1st Star-shredding Black Hole”. NASA (2019年9月27日). 2020年5月15日閲覧。
  17. ^ Holoien, Thomas W.-S. et al. (2019). “Discovery and Early Evolution of ASASSN-19bt, the First TDE Detected by TESS”. The Astrophysical Journal 883 (2): 111. arXiv:1904.09293. Bibcode2019ApJ...883..111H. doi:10.3847/1538-4357/ab3c66. ISSN 1538-4357. 

参考文献

関連項目

外部リンク

  • Open TDE Catalog 潮汐破壊現象と考えられている天文現象のリスト

潮汐破壊現象

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/08 15:05 UTC 版)

AT2018cow」の記事における「潮汐破壊現象」の解説

光度曲線スペクトル特徴が、超新星よりもよく合致する現象として、ブラックホールによる潮汐破壊現象(TDE)が考えられる。ただし、過去みつかっているTDEは、最も高速なものでもAT2018cowより1長い時間尺度進行する現象で、AT2018cow変化速さ異例。そこで、観測され増光減光速さ説明できるような、TDEの条件検証した結果二つ仮説提唱されている。一つは、質量太陽1万程度中間質量ブラックホールに、太陽程度質量恒星破壊されたTDEである、とするもの。もう一つは、質量太陽10万倍から100万倍のブラックホールに、低質量の白色矮星破壊されたTDEである、というものである太陽型星のTDE説は、GROWTHなどのグループが、TDEの理論紫外線可視光光度曲線との比較から導き出したもので、紫外線可視光急速に変化する明るさをよく説明する。ただし、ブラックホール質量低めなので、エディントン光度では観測されAT2018cow明るさ届かないAT2018cow可視光での放射は、黒体放射支配的なので、ジェットのように収束した光を観測したことで、見かけ光度高くなったと解釈するのも難しく、この説では追加熱源考え必要があるかもしれない一方白色矮星のTDE説は、ニール・ゲーレルス・スウィフトのUVOTチーム中心とするグループが、光球大きさ光度を基にTDEの理論から導いたのである白色矮星のようなコンパクト天体であれば、TDEが小さな領域集中して起こるため、主系列星よりも急速に巨大な光球形成できるとされるスペクトル考慮すると、質量太陽の2割以下のヘリウム白色矮星がTDEで破壊されたとすると、既存理論では観測を最もよく説明できるとみられる太陽型星にしろ白色矮星にしろ、AT2018cow発生した位置が、母銀河の銀河核から遠く離れている点は問題である。銀河核であれば超大質量ブラックホール存在することが一般的だが、この位置で想定されるのは、星団中心に存在する中間質量ブラックホールである。しかし、星団の中では通常星間物質少な一方でAT2018cow密度が高い物質囲まれた中で起きた考えられるため、整合性とれないALMAでの偏光観測結果は、高密度、強い磁場環境下でAT2018cow発生していること示しており、潮汐破壊現象ではなく超新星後を起源とする説で説明できる

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