波乱の第7回ワシントンDCとは? わかりやすく解説

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波乱の第7回ワシントンDC

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/09 15:25 UTC 版)

バリーモス」の記事における「波乱の第7回ワシントンDC」の解説

バリーモス引退レースとして、アメリカ合衆国ローレル競馬場送られた。11月11日ワシントンDCインターナショナルには、鉄のカーテン越えてソ連の馬が初参戦し注目集めた競馬場との16か月に及ぶ交渉の末、ソ連農務省は2頭の馬と5名からなるソ連チーム派遣申し出たこの年のボリショイ・フシエソユツニー賞(ロシア語版)(ソビエトダービー)の1、2着馬ガルニル Garnir (RUS) とザリャド Zaryad (RUS) の2頭出しで、ザリャドにレース引っ張らせて資本主義馬に対抗する作戦だった。加えてドイツからは前年ドイチェスダービーオルシニドイツ語版Orsini (GER) 、オーストラリアからヴィクトリアダービー前年マッキノンステークス制したセイラーズガイド(英語版Sailor's Guide (AUS) 、ベネズエラから10月26日シモン・ボリバル大賞スペイン語版)の優勝馬エスクリバノ Escribano (ARG) 、アルゼンチンからレヴォケ Revoque (ARG) 、アイルランドからアメリカ人馬主の2頭、サープ Tharp (GB) 、バリーモス海外から招待された。地元からは4歳迎えていたアメリカ競馬史上最強世代一頭クレム英語版) Clem (USA) とイギリスからの移籍馬テューダーエラ Tudor Era (GB) が迎え撃ったどちらかといえば、きついコーナーや短い直線適さないというヴィンセント・オブライエン懸念にもかかわらずバリーモスは1番人となったバリーモスオッズ1.1対1(2.1倍)の支持集めウィリー・シューメーカー騎乗クレム4.2対1(5.2倍)の2番人気、テューダーエラ6.5対1(7.5倍)、セイラーズガイド8.3対1(9.3倍)、レスター・ピゴット騎乗オルシニが12.2対1(13.2倍)、エディ・アーキャロ騎乗サープ15.3対1(16.3倍)、ソ連の2頭のカップリングが18.5対1(19.5倍)、エスクリバノ38.5対1(39.5倍)、イスマエル・ヴァレンズエラ騎乗のレヴォケ42対1(43倍)と続いた好天恵まれた競馬場には40,276人の観衆詰め掛けた。これは1946年三冠達成したアソールト Assault (USA) が二冠目を制したプリークネスステークス凌ぐメリーランド州レコード となる盛り上がりぶりだった。しかしレース混乱したものとなった当時このレーススターター赤旗合図による常歩発走取られていた。バックストレッチ発走地点では各馬を整列させようとしていたが、馬たちは走り回って尻っぱねし、勝手気まま動き回ったスターターは黒いホンブルク帽を押さえオーバーコートの尾をパタパタさせながら駆け回って赤旗指図行なった17分ほど遅れてスタート切られたが、焦れ込み激しいエスクリバノに煽られ半ダースもの馬がフライングし、残りスタートしてもザリャドがひどく取り残された。スタートするとウィリー・ハーマッツ(英語版騎乗のテューダーエラが先頭奪い、アーキャロのサープがセイラーズガイド、エスクリバノと共にすぐ後ろ続いたバリーモス馬群の中団付近追走した。正面スタンド前を過ぎバックストレッチ入ってもテューダーエラが依然先頭サープ、セイラーズガイド、ガルニルと続き後方からバリーモス追い上げ始めた直線に入るとテューダーエラが後続突き放しバリーモスはテューダーエラに3馬身半、2着を争ったセイラーズガイドに頭差及ばず3着に敗れた。更に4馬身後れてサープ、以下オルシニ、ガルニル、エスクリバノ、クレム、レヴォケ、ザリャドの順に入線した。 引き上げてきたザリャドのヴィクトル・コヴァロフ騎手怒り露わにし、ロシア語身振りでまくし立てた通訳は、「我々は出て行こうとしたのだが、誰かが手綱放さず引き止められた」と訳したが、コヴァロフは明らかに常歩発走不慣れだった。セイラーズガイドのハワード・グラント(英語版騎手は、ファーストターン でテューダーエラが進路妨害したとして異議申し立てた決裁委員はテューダーエラを2着に降着し、セイラーズガイドを1着に繰り上げる裁定下した場内大混乱となり、盛大なブーイング放たれた。グラントは、「はい、そうです。彼(テューダーエラ)は道中ずっと妨害していた。特に2度目ホームストレッチ入り口に来たときですが。」と語り、アーキャロも同意した。「ああ、まったく。その通り、あの馬は反則した。ちょうど全員がクラブハウスターンに入り始め前に、テューダーエラが膨らんだんだ。他の馬(セイラーズガイド)と私は彼を避けようとした。すると彼(テューダーエラ)が戻り始めた。私が少し引っ張って避けたところへセイラー来て、私は彼を柵のほうへ少しばかり押しやった。」。一方ハーマッツは、検量室で他の騎手語っているのが耳にされている。「いや、していないできないよ。前の外側いたんだ。」。ブリースリーは、「このコースは少しターンきつかったし、我々は何度妨害にあった。しかし状況考えればバリーモスはとてもに良く走った。」とコメントした

※この「波乱の第7回ワシントンDC」の解説は、「バリーモス」の解説の一部です。
「波乱の第7回ワシントンDC」を含む「バリーモス」の記事については、「バリーモス」の概要を参照ください。

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