沈黙から復活、ツアー活動へ
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「ロジャー・ウォーターズ」の記事における「沈黙から復活、ツアー活動へ」の解説
1990年代は長く沈黙を続けていたが、1999年に突如ワールド・ツアーを行うと発表。2002年には自身3度目となる来日公演が実現した(1度目は1971年に、2度目は1972年にそれぞれピンク・フロイドとして来日)。このライブ・ツアーの模様を収録したライブ・アルバムとDVDも発売されている。過去のピンク・フロイド時代のレパートリーも多数披露されている。 2002年、これまでのソロ活動を集約したベスト・アルバム『フリッカーリング・フレイム』を発表した。1984年以降のソロ・キャリアをまとめたもので、フロイド時代の作品や1970年のアルバム『肉体』からは選曲されていない。また、新曲やカバー曲も収録されている。ちなみに、このベスト盤はワールド・ツアーを開催した国でしか生産・発売されていない限定盤である。 2004年、インターネットでのダウンロード販売のみで新曲「To Kill The Child/Leaving Beirut」の2曲を発売(日本のみCD化された)。イラク戦争やブッシュ政権、ブレア政権を批判した内容となっている。 2005年になると、1980年代後半から制作を続けてきたオペラ・アルバム『サ・イラ〜希望あれ』を発表(日本国内盤は2006年発売)。『ザ・ウォール』や『ファイナル・カット』のようなロック・オペラではなく、純粋なオペラ作品であり、ヴォーカルもウォーターズではなくプロのオペラ歌手が招かれている。フランス革命を題材にしており、壮大なスケールの作品となっている。 同年7月2日には、アフリカの貧困撲滅チャリティー・イベント「LIVE 8」に、ピンク・フロイドのメンバーとして参加。黄金期のメンバー4人で同じステージに立つのは24年振りのことで、「ピンク・フロイド再結成」として世界的なビッグ・ニュースとなった。しかし、あくまで一夜限りのリユニオンであり、その後はそれぞれソロ活動へと戻っていく。 2006年から2008年にかけて、再びワールド・ツアー「The Dark Side of the Moon Live」を開始する。このライヴの第二部では、1973年のアルバム『狂気』を完全再現し話題を呼ぶ。公演によっては、スペシャル・ゲストとしてメイスンも参加している。また、2007年7月7日に行われたライヴ・アースのジャイアンツ・スタジアム公演に出演する。 2010年からは『ザ・ウォール』の発売30周年を記念したソロ・ツアー「The Wall Live」を行う。全世界を回る大規模なツアーとなっており、驚異的な観客動員を記録している。ビルボード誌の発表による「2010年米国で最も稼いだアーティスト」(Music's Top 40 Money Makers 2011)において、レディー・ガガ、ボン・ジョヴィに次いで第3位(2,449万ドル)となっている。2011年5月12日、ロンドンのO2アリーナでの公演にギルモアとメイスンが出演し、久々にフロイドのメンバー3人が顔を揃えた。 その後もツアーは好評を博し、2012年まで大幅に延長され世界各国を回っている。2012年上半期の世界コンサート・ツアー興行収入でも、140万人を動員して1億5,810万ドル(約125億円)を売り上げ、堂々の1位に輝いた。さらに、2013年も引き続きヨーロッパを中心にスタジアム・ツアーとして再演されることが決定した。 2012年12月12日、ニューヨーク州やニュージャージー州を襲ったハリケーン「サンディ」による被災者救援コンサートに出演。他にもブルース・スプリングスティーン、ポール・マッカートニー、ローリング・ストーンズ、ビリー・ジョエルといった豪華メンバーがマディソン・スクエア・ガーデンに顔を揃えた。 2016年、3rdアルバム『死滅遊戯』のリマスター盤で「グラミー賞」受賞。 2017年、25年ぶりのオリジナル・ソロアルバム『イズ・ディス・ザ・ライフ・ウィ・リアリー・ウォント?』を発表。アルバムに伴うワールドツアー「US+THEM Tour」を数年に渡って開始する。
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