東日本の日本海側
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/12 05:50 UTC 版)
元来東日本の日本海側(東北地方のうち青森県津軽地方、秋田県、山形県、北陸地方のうち新潟県)は、関東地方との間に奥羽山脈や三国山脈と、険しい脊梁山脈が横たわっている地形上の理由や、北前船との関係から、江戸時代は特に近畿との交流が深く、北奥羽方言や佐渡弁などの伝統的方言や伝統文化にも関西色が残っている。鉄道がなかった江戸時代までは、人々の行き来も関東よりも、関西との交流が盛んであった。 しかし明治以降、鉄道網の整備で東京志向へと変わり、さらに戦後の高度経済成長期の集団就職での首都圏への大量流入が進み、昭和末期に東北新幹線や上越新幹線の開業と東北自動車道や関越自動車道の全通によって、ますます東京志向が顕著となった。平成になれば庄内空港の開港、山形新幹線や秋田新幹線の開通がよりそれを促進させた。また、北陸新幹線開業に伴う鉄道網の再編に伴い、新潟県内の拠点間における旅客輸送の分断も指摘されている。 これらの改善策として、日本海東北自動車道(日東道)や羽越新幹線の建設のほか、新潟から大阪までのフリーゲージトレインによる新幹線直通運転といった、交通インフラストラクチャーの整備による東北日本海側から関西方面との経済交流、活動を促進させていくという日本海国土軸構想もあるが、羽越新幹線やフリーゲージ新幹線や実現困難な難題も多いほか、東北地方各自治体の取組みも鈍い。しかし、新潟県は泉田裕彦元知事を中心として、北陸新幹線完成を契機に、関西地方との交流連携を重視していくことを表明しているなどの変化も見られる。
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