朝吹亮二とは? わかりやすく解説

朝吹亮二

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/05/20 00:30 UTC 版)

あさぶき りょうじ
朝吹 亮二
誕生 あさぶき りょうじ
  朝吹 亮二
(1952-04-30) 1952年4月30日(73歳)
東京都新宿区信濃町慶應義塾大学病院
職業 仏文学者詩人
言語 日本語
国籍 日本
教育 文学修士慶應義塾大学1979年
最終学歴 慶應義塾大学大学院文学研究科フランス文学専攻博士課程単位取得退学
ジャンル
主な受賞歴 藤村記念歴程賞1987年
鮎川信夫賞詩集部門(2011年
福澤賞2016年
子供 朝吹真理子(娘)
親族 福澤諭吉(高祖叔父)
朝吹英二(曾祖父)
長岡外史(曾祖父)
久原房之助(曾祖父)
中上川彦次郎(曾祖伯父)
野依範治(曾祖叔父)
朝吹常吉(祖父)
朝吹磯子(祖母)
石井光次郎(祖父)
朝吹三吉(父)
朝吹登水子(叔母)
朝吹四郎(叔父)
朝吹英一(伯父)
石井好子(叔母)
石井公一郎(叔父)
朝吹由紀子(従姉)
牛場潤一(従甥)
名取洋之助(従伯父)
野依良治(三従兄)
渡邉康太郎(娘婿)
公式サイト 朝吹 亮二 / 法学部 (三田)名誉教授
ウィキポータル 文学
テンプレートを表示

朝吹 亮二(あさぶき りょうじ、1952年4月30日 - )は、日本のフランス文学者詩人であり、慶應義塾大学名誉教授である。学位は文学修士(慶應義塾大学・1979年)を有する。

学歴・職歴

東京都出身。暁星小学校暁星中学校暁星高等学校を経て、1975年慶應義塾大学文学部フランス文学科を卒業。1979年には同大学院文学研究科フランス文学専攻修士課程を修了し、1982年に同大学院文学研究科フランス文学専攻博士課程単位取得退学。1979年に文学修士の学位を取得した。1997年、慶應義塾大学法学部教授に就任。専門はフランス近・現代詩、シュルレアリスムである。

詩人としての活動

詩人としては、『opus』、『密室論』、『明るい箱』、『現代詩文庫 朝吹亮二詩集』などの作品がある。1987年、詩集『opus』で第25回藤村記念歴程賞を受賞。翌1988年には、同作で第1回三島由紀夫賞候補となった。長らく詩作から離れていた時期もあったが、2008年に詩誌『水火』に松浦寿輝川上弘美とともに参加し、詩作を再開した。2011年には、16年ぶりの詩集となる『まばゆいばかりの』で第2回鮎川信夫賞を受賞。2016年には、シュルレアリスムの創始者であるアンドレ・ブルトンの詩を取り上げた研究書『アンドレ・ブルトンの詩的世界』で福澤賞を受賞した。

家系

曽祖父に実業家朝吹英二、陸軍中将の長岡外史、元立憲政友会正統派総裁の久原房之助、祖父に実業家の朝吹常吉、元衆議院議長石井光次郎、父にフランス文学者朝吹三吉がいる。叔母にフランス文学者の朝吹登水子シャンソン歌手の石井好子がおり、ノーベル化学賞受賞者の野依良治は親族にあたる。また、娘に芥川龍之介賞作家の朝吹真理子がいる。

親族

そのほかにも、縁戚関係のある人物として牛場暁夫義従弟)などがいるが、ここでは親族に限定して記載した。

略歴

賞歴

著書

  • 『終焉と王国 詩集』青銅社 1979
  • 『封印せよその額に』青銅社 1982
  • 『朝吹亮二詩集』思潮社(詩・生成) 1985
  • 『opus』思潮社 1987

(なおopusの読み方は「オーパス」「オピュス」など諸説あるが、本文には「オプス」と表記されている。)

  • 『密室論』七月堂 1989
  • 『朝吹亮二詩集』思潮社(現代詩文庫) 1992
  • 『An Anthology of Contemporary Japanese Poetry』Leith Morton著 Garland Publishing(英訳、アンソロジー) 1993
  • 『明るい箱』思潮社 1994
  • 『まばゆいばかりの』思潮社 2010
  • 『記号論』松浦寿輝共著 思潮社 1985

論文

  • 朝吹亮二
  • 瀧口修造におけるコラボレーションと集団的想像力』科学研究費補助金研究成果報告書、日本学術振興会、2012 
共著

共作

現代音楽家の高橋悠治は、1991年に朝吹の詩「水」「opus 76」に音楽を付けている。また1994年には高橋悠治と慶應義塾大学三田キャンパスでのイベント「誌をめぐるコラボレーション」にてライブパフォーマンスをしている。

人物

詩誌『水火』に、幼少期のフランスでの生活を思わせる記述がある。朗読パフォーマンスには否定的である。FacebookTwitterなどから、愛猫家としても知られている。趣味はギター製作。


暁星高校時代の短期間、親戚である成毛滋の紹介で、近田春夫(当時、慶應義塾高等高校に在学)とバンドを組んでいた。パートはベース。レパートリーはレッド・ツェッペリンブラインド・フェイスなど。バンド名は最後までなかったという。[1]

脚注

注釈

出典

  1. ^ 「調子悪くてあたりまえ 近田春夫自伝」

外部リンク





固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「朝吹亮二」の関連用語

朝吹亮二のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



朝吹亮二のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの朝吹亮二 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS