更新前の主な改造や動向、特筆事項など
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/03/11 11:31 UTC 版)
「京成3100形電車 (初代)」の記事における「更新前の主な改造や動向、特筆事項など」の解説
1970年(昭和45年)前後に、屋根部の二段構造を廃してベンチレーター(通風器)の取り付けや、側扉(アルミ製塗装仕上扉)の窓ガラス支持方式を黒Hゴムから金属に変更された。 3121 - 3124はステンレス製の小窓タイプ扉を試用し、冷房装置搭載(後述)後も暫く使用された。なおステンレス製小窓タイプ扉は1971年(昭和46年)下期に製作された新京成800形で採用されている。その他、1次車においては運行番号表示器を2次車と同様に運転台窓に掲げるタイプに変更し、同時に運転台窓の上にあった表示窓は廃止された。 1980年(昭和55年)春以降、更新前に3105 - 3108・3121 - 3124・3133 - 3136でツートンカラーからファイアーオレンジベースへの塗装変更が行われた(他車は更新時に変更)。側面社名ロゴ表記が「K.D.K.」のファイアーオレンジベース塗装は3105 - 3108のみである。 1982年(昭和57年)2月から3月の間、1月末日に廃車となった「青電」カルダン駆動試作車の2203-704の後継車として、更新入場直前の3121・3122が暫定的に行商専用車として使用された。その後急行電車の最後部車両への設定を経て、2013年 (平成25年) 3月に廃止されるまで平日朝の普通1本の最後部車両に設定されていた。 更新前の編成や運用などは1次車は車両番号順で4両編成を組成したり、3000・3050形と組み6両を組成することが多かった。 2次車は空気ばね台車を装着するため、両開き扉車の3200形4両編成の上野寄りに連結して、6両編成を組むことが多かったが、片開き扉車と両開き扉車の混結は、扉開閉時間が異なることから1981年(昭和56年)夏に廃止になり、同時期以降も未更新で残った車両については、当形式のみでの編成で運用に就いていた。
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