映画と舞台
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/10 09:05 UTC 版)
「スライス・オブ・ライフ」の記事における「映画と舞台」の解説
演劇用語における「スライス・オブ・ライフ」は、現実と理想の狭間にある実生活(英語版)を自然主義的に描くことであり、「スライス・オブ・ライフなダイアローグのある芝居」のように場合によっては形容詞として用いられる。英語のSlice of lifeはもともとフランスの劇作家ジャン・ジュリアン (1854–1919)が1890年から1895年にかけてフランス語の「tranche de vie」から借用して使い始めたのがその起源である。 ジャン・ジュリアンは自分の作品『セレナード』を舞台にかけてからほどなく、この言葉を自身の理論において用いるようになった。ウェイン・S・ターニーのエッセイ『芝居における自然主義へのノート』("Notes on Naturalism in the Theatre")では当時の状況がこう紹介されている。 『セレナード』は自由劇場で発表された。この作品は〔フランス語で〕rosserie、つまり立派な人物にみえても実は堕落して道徳的に破綻している人物を扱った芝居の最良の例である。ジュリアンは『The Living Theatre』(1892)において「微笑みながら、とんでもない悪党だ」という有名な言葉を我々に捧げ、自然主義を定義してみせている。彼曰く「この芝居は、芸術として舞台にかけられたスライス・オブ・ライフだ」、「…我々の目的は笑いではなく思想を生むことにある」と。彼にとっては、芝居は幕が下りると同時に終わるものではなく、芝居の終わりとは「自分の想像を超えた出来事の解釈を観客に任せている最後のエピソードの最中で、それをただ恣意的に打ち切っているだけ」なのである" 1950年代にこの言葉は、 JPミラー(英語版)、パディ・チャイエフスキー、レジナルド・ローズといった生放送のテレビ劇への批評において広く使われるようになった。当時は、イギリスの映画や演劇で起こったキッチン・シンク・リアリズム(英語版)への蔑称に近い使われ方をされることもあった。 2017年に映画脚本家で研究者のエリック・R・ウィリアムズ(英語版)は、映画脚本における分類学を論じて「スライス・オブ・ライフ」を11の映画のスーパージャンルに位置付けるとともに、あらゆる長編の物語映画はこのスーパージャンルのどれかにあてはまると述べている。その1つがドラマである[要説明]。その他のスーパージャンルは、ドラマ、アクション、クライム、ファンタジー、ホラー、ロマンス、SF、スポーツ、スリラー、戦争、ウェスタンである。ウィリアムズがスライス・オブ・ライフの例として挙げている映画は『6才のボクが、大人になるまで。』、『はじまりへの旅』、『フェンス 』、『ムーンライト 』、『ターミナル』、『ウェイトレス 〜おいしい人生のつくりかた』などである。
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