日本の葡萄園
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2016/09/10 07:34 UTC 版)
山梨県・勝沼の葡萄園 伝承では、日本にブドウが渡来したのは奈良時代のこと。原産地からシルクロードを経て、唐から渡来したとされる。718年(養老2年)、各地を行脚した高僧・行基が、甲斐国勝沼(山梨県甲州市(旧・勝沼町))の柏尾山大善寺に薬種園を設け、そこでブドウ(甲州種)の栽培を始めたとする伝承がある。 また、同じく甲州葡萄に関する伝承では、平安時代末期の1186年(文治2年)、同じく甲斐国勝沼の住人、雨宮勘解由(あめみやかげゆ)が、山中より珍しい果樹を見いだして育てた逸話があり、ブドウ栽培の始まりとも伝えられる。 いずれにしても、日本の葡萄園は、現在の山梨県甲州市勝沼町の一角で、ヨーロッパブドウの一種である「甲州」種の栽培を行ったことに始まる。勝沼周辺では江戸時代には一部の地域で限定的に、商品作物としての甲州葡萄の生産が行われ、江戸においても甲斐の名産として知られていた。 明治時代に入ると政府の奨励もあって、1874年(明治7年)頃から、勝沼周辺でワインの製造が始められた。しかし、ワインが日本人の嗜好に合わなかったためか、醸造高・消費量ともなかなか増えなかった。ようやく第1次世界大戦後になって、ブドウの作付け面積、ワインの醸造高も増加し始めた。第二次世界大戦中には、電波探知機に用いるロッシェル塩(酒石酸カリウム-ナトリウム、KNaC4H4O6)の原料となる酒石酸を採るため、ワイン醸造が奨励された。戦後、洋食化の拡大に伴い、ワインの醸造量も激増し、各地で生産されるようになった。 平成25年(2013年)産のブドウ収穫量は18万9700t(出荷量は17万3600t)で、結果樹面積は1万7400ha。都道府県別にみた収穫量割合は、山梨県が全国の26%(4万8200t)、長野県が14%(2万6800t)、山形県が9%(1万6600t)、岡山県が8%(1万5300t)、福岡県が5%(9170t)となっており、この5県で全国の約61%を占めている。
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