挿話の題材・異動
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/05 08:24 UTC 版)
「冬の日 (小説)」の記事における「挿話の題材・異動」の解説
『冬の日』は多くの実体験に基づいているが、その種々の体験を複合し、虚実織り交ぜながら作品世界を形づくっていることが窺える。また草稿で書かれている挿話などが、完成稿では削られたものもあり、説明の言葉を熟考し切りつめている様子が看取される。 折田が堯の普段使用している茶碗で茶を飲み、その平然さに堯の意識が向く場面の題材に関しては、その当時、基次郎の下宿で5日間ほど過ごした後輩の北神正が、一つしかない基次郎のコーヒー茶碗を平気で使っていたことが実際にあった。年下の北神がそれでコーヒーを飲んでいると、「おいお前、そないしたらあかんで」と基次郎は落ち着いて言ったとされる。その時に北神は基次郎から、萩焼の徳利と猪口をもらった。 それに類する題材として、『青空』同人たちが誰かの下宿に集合し、コーヒーを入れた時に茶碗が足りないと、基次郎は自分が飲み終わった茶碗を簡単に拭いただけで、差し出したこともあった。それは基次郎が無神経でやっているのではなく、病気に抵抗しているんだと忽那吉之助は感じた。 折田が堯に、大学の焼けた煉瓦塀を壊す作業員の見事さを話して聞かせる場面があるが、この題材は実際に関東大震災の被災によって東京帝国大学の講堂の煉瓦塀が焼け、それを足場も組まず塀の上に乗りながらツルハシで取り壊す作業員の職人芸が学生の間で話題となり、多くの見物人が集まった話による。この壮観な作業の面白さを三好達治が基次郎に伝え、実際に基次郎は中谷孝雄を誘って見物に行った。この職人の取り壊しのことは、当時仏文科にいた中島健蔵も回想録で綴っている。 堯が質屋から冬外套を取り出しに行く場面で、〈それと一緒に処分されたもの〉とだけ書かれているものは、草稿では、永年かかって収集した〈楽譜〉が流れたことが記されている。基次郎はクラシックやオペラ好きで譜面が読め、多くの楽譜を持っていた。 草稿では、血痰の匂いが染みついているような気がした堯が、部屋に香水をまき、〈正月の客〉がその香水の匂いに言及するくだりがある。また、母の恩師の子息で顔なじみの医師・津枝が堯の下宿に実際に登場する場面が草稿にはある。
※この「挿話の題材・異動」の解説は、「冬の日 (小説)」の解説の一部です。
「挿話の題材・異動」を含む「冬の日 (小説)」の記事については、「冬の日 (小説)」の概要を参照ください。
- 挿話の題材異動のページへのリンク