師と仰ぐ角川春樹との関係
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/11 14:30 UTC 版)
小学館から出版された矢沢永吉の単行本『成りあがり』は、大ベストセラーだった。当時小学館には文庫はなかったため、文庫本は小学館の系列会社である集英社から出るものと思われていた。そんなとき、見城は角川春樹から「見城、『成りあがり』を角川文庫に持ってこれないかな」と言われる。業界の常識としては、集英社で文庫化するに決まっており、そのルールをひっくり返すことは通常あり得ない。しかし、見城はトップである角川春樹との信頼関係を死守し、どんな難題も可能にしてみせると心に決めていた。そこで、見城は、毎日矢沢永吉の事務所を訪ね、しぶとく交渉を重ねた。そして、ついに事務所の社長が根負けする。ただし、角川で文庫化する替わりに映画館の予告編やテレビのスポットで文庫本のコマーシャルを打つことを条件に出される。通常、文庫本でそこまで多額の宣伝広告費をかけることはあり得ない。見城は会社に戻り原価計算をする。すると、文庫が50万部売れれば十分ペイできることがわかった。ただ、もし50万部を達成できなければ広告費を回収できずに大変な責任問題になる。一抹の不安を抱えながらもミリオンセラーを狙える確信にもとづき見城は決断する。こうして『成りあがり』は角川書店から発売され、100万部を超えるベストセラーになった。 あるとき、角川春樹は、「今のやり方だと、講談社、小学館、集英社、新潮社、文藝春秋などにウチ(角川書店)が追いつくまでに50年かかる。倒産を覚悟で映画を作るしかない。もし当たれば映画のヒットと同時に本が売れる。そうすれば、10年でウチは大手5社に追いつける。横溝正史の本を映画にしてヒットさせれば本が売れるんじゃないか。」と言いだした。こうして生まれた角川映画の第一弾が『犬神家の一族』(1976年公開)である。 「『犬神家の一族』は(角川にとって)死に至る映画になるかもしれない。この映画が外れればウチは倒産する。」角川春樹は悲愴な覚悟で一世一代の勝負に打って出た。打てる手はすべて打ち、最後は神頼みという状況で迎えた映画公開初日。角川春樹と見城はベンツに乗り込み有楽町の劇場に向かう。そこで、『犬神家の一族』を見に来た大群衆を目の当たりにし、見城は涙が止まらなかったという。映画は大ヒットし、文庫は飛ぶように売れた。これを皮切りに翌年以降、『人間の証明』(1977年 松田優作主演)『野性の証明』(1978年高倉健主演)など角川映画は次々と大ヒットを飛ばしていく。「映画と本と音楽のブロックバスター」という角川春樹の戦略は爆発的に当たった。 見城は、角川春樹の出す無理難題に正面から取り組んできた。この人と決めた人との信頼関係は死守すべきだと述べている。
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