左京幼稚園・左京小学校建設問題
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「平城・相楽ニュータウン」の記事における「左京幼稚園・左京小学校建設問題」の解説
1991年(平成3年) 5月8日 - 奈良市立左京幼稚園・左京小学校の建設を予定している奈良市と子供の健康が損なわれるとして反対している地元住民らとの話し合いが奈良市左京一丁目の集会所で行われる。建設予定地と奈良市環境清美センターの50mの煙突との高さの差が約34mしかないことから、塩化ビニール系のごみを燃やした際に発生する塩化水素などの有害ガスが校庭などに流れ込む心配があるとして、安全が確認されるまで着工を延期するか、煙突の高さを150mにするよう求めている地元住民に対し、奈良市は「煤煙1m3あたりの塩化水素の平均は国の基準430ppmを下回っているが、消石灰の噴出を効率よく実施することでさらに塩化水素の発生を抑えたい。」、久保田正一教育長は「建設と工場の安全対策を並行して進めた上で予定通り1992年4月の開校を目指す。」と回答。これについて住民側は、奈良市の測定は炉別のデータであることから全炉同時稼働時のデータが明らかになっていないと指摘した。 5月12日 - 奈良市と左京2丁目自治会が朱雀小学校体育館で住民説明会を行う。久保田正一教育長は左京幼稚園・左京小学校の完成後も安全性が確認されるまでは開校しないことを、奈良市は建設予定地に塩化水素の大気中の濃度を調べる固定測定器設置し、継続的に監視することを説明。 5月26日 - 左京一丁目集会所で住民説明会が行われる。敷地造成を6月に始めることを明らかにした奈良市に対し、住民側が合意点がないままの着工は納得できないと反発。左京2丁目自治会はばい煙に含まれる塩化水素などの大気中濃度を図る固定観測器の早期設置、ばい煙に含まれる塩化水素や窒素酸化物などの有害物質についての環境規準、観測データの定期的な公表などの10項目について奈良市に申し入れ、申し入れに対して10日以内に文書による回答を得るまで造成を行わないことを申し合わせた。 6月6日 - 奈良市が左京3丁目自治会の申し入れに対して、固定観測器は敷地造成が終わる12月頃に設置し、環境基準については工場の煙突の排出口での大気中濃度は大気汚染防止法の範囲内で問題ないと回答。 6月6日 - 奈良市が、左京3丁目自治会に工事車両の進入経路や工事に伴う騒音などについての対策を説明し、同自治会の了解も得られたとして6月12日に着工すると通告。 6月12日 - 奈良市が敷地造成の工事を始める。これに対し、左京2丁目自治会は「5日に久保田正一教育長から申し入れの回答があったものの、具体的な安全対策が不十分なため再回答を要求していたが奈良市からは回答はなく、2丁目自治会には着工期日も通告しなかった」と主張。これについて奈良市教育委員会笠原俊彦教育総務課長は「左京3丁目自治会の了解を得ており、敷地造成が完了しないことには固定観測器が設置できないので着工した。再回答は近く出す予定だが、すでに5月26日の説明会で6月に着工するといってあるので連絡しなかった。」と説明。 6月20日 - 左京2丁目自治会が通知なき着工について久保田正一奈良市教育委員会教育長に抗議。また、左京2丁目自治会198世帯対象のアンケートで96世帯が「固定観測器のデータで安全性が確認されるまで造成は認められない」と答えたことを指摘。 8月21日 - 奈良市が、固定観測器を11月中に敷地南側の校舎とグラウンドの境目付近に設置し、塩化水素、二酸化硫黄、一酸化窒素、低周波などの測定結果を定期的に地元住民に公表する方針であることを明らかにする。 12月 - 固定観測器の測定を始める。 12月17日 - 奈良市教育委員会は、校舎建設に約10カ月掛かるため、予定されていた左京幼稚園・左京小学校の1992年4月の開園・開校は不可能として開校時期について協議を重ねた結果、1993年4月の開園・開校になることを明らかにする。 1992年(平成4年)以後 1993年(平成5年)4月1日 - 奈良市立朱雀小学校の校区を分割し、奈良市立左京小学校が開校。 1993年(平成5年)4月1日 - 奈良市立朱雀幼稚園年長組が分離し、奈良市立左京幼稚園が開園。
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