小川和紙とは? わかりやすく解説

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小川和紙(おがわわし)

所在地 埼玉県比企郡小川町秩父郡東秩父村  
主製品 細川紙楮紙賞状用紙工芸紙・画材文庫
武蔵国紙(むさしのくにがみ)の名は『図書寮解(ずしょりょうげ)』(774)にも記され、『延喜式』(924)には紙を貢ずる国44ヵ所の一つとされていることから、この地でも古くから紙が漉かれていたことがわかります
もとは和歌山県高野町細川で漉かれていたといわれる細川紙がこの地で漉かれるようになったのは、江戸時代需要増した細川紙代替として江戸に近いこの地で同質の紙を漉かせ、その紙に細川の紙名をつけたというのが定説となってます。

昭和53年小川町東秩父村細川紙重要無形文化財総合指定され、現在も小川和紙の代表的存在です。細川紙100%未晒し紙で、伝統的な製法製紙用具漉いてます。文庫紙絵画などの修復用紙などに用いられています。

小川和紙

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/11/02 13:23 UTC 版)

埼玉伝統工芸会館の小川和紙

小川和紙(おがわわし)は、埼玉県比企郡小川町秩父郡東秩父村で作られる、手漉き和紙細川紙

概要

細川紙が伝来する以前から現在の小川町にあたるエリアは和紙の産地として知られていた。1,300年の歴史を持ち、だけを使った細川紙は、国の重要無形文化財の指定を受けている[1]道の駅おがわまち・埼玉伝統工芸会館にはヤッパシ紙すき体験コーナーがあり、紙すきを体験することができる[2]。2014年には細川紙がユネスコ無形文化遺産に登録された。

細川紙は、紀州高野山の細川村(現在の和歌山県高野町)で漉かれていた細川奉書の技術が、江戸時代中期頃に江戸に近い小川周辺に入ってきたものといわれている。[3]

軍事利用

風船爆弾

太平洋戦争時にアメリカ合衆国本土を攻撃すべく開発された兵器風船爆弾」の風船部分の素材として小川和紙が用いられた。紙質が強く揉んでも元に戻るほど強い紙でかつ産地が東京に近いことが選定の最大の理由であった[4]

脚注

  1. ^ 細川紙 - 文化庁文化遺産オンライン
  2. ^ 埼玉伝統工芸会館
  3. ^ 細川和紙の歴史”. 2020年1月11日閲覧。
  4. ^ 風船爆弾”. 埼玉県平和資料館. 2017年8月16日閲覧。

関連項目

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