大同三世説と『大同書』とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > ウィキペディア小見出し辞書 > 大同三世説と『大同書』の意味・解説 

大同三世説と『大同書』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/09 16:25 UTC 版)

康有為」の記事における「大同三世説と『大同書』」の解説

上記思想的特徴化学反応して形成されたのが、康有為代表的な思想大同三世説である。大同三世説とは端的に言えば歴史が「拠乱世」(野蛮な世の中)から順次発展して升平世」へ、そして最後に太平世」という理想社会に至ると説く歴史発展理論である。これは『礼記』礼運篇の小康大同という理想社会観に、董仲舒清代今文公羊学者たちの唱える三世説を組み合わせ、さらに西欧社会進化論ユートピア思想をも取り込み成立した思想である。 この思想は、まず発展史観をとっていることが特徴となっている。それまで中国伝統的歴史観三代理想としこの時代立ち返ることを求め尚古史観か、あるいは治と乱が交互に循環するとした循環史観であった時代を経るにつれ理想社会に近づくとする康有為考えは全く新しいスタイル歴史観であった次に理想とされる社会大同」は以下のような特徴を持つ。まず全人類が男女民族・人種に関係なく自由平等となる。政治的に世界統一された上、共和政体をとり、民主的選挙選ばれ議員合議制運営される経済的には全く不自由のない生活を営め、そして自動運転の車や船が活躍する。またあらゆる境界概念消滅する。すなわち家族国境という個々人束縛するものは消滅し婚姻もなくなる。このようにプリミティブ共産思想未来技術加味したような社会が「大同」とされた。 ただ、康有為思想には社会進化論も強い影響もみられ、人種差別思想みられる。たとえば黒人劣等種と断定し、いずれ死滅するだろうとも述べていた。したがって康有為のいう理想大同世界が、万人にとって理想であったとはいえない。 康有為自身生きる清末未だ「拠乱世であって次の升平世」へと進化するためには立憲君主制を取る必要がある認識していた。共和政体を取るフランスアメリカはすでに「升平世」の中頃まで進んだ社会考えてたようだ康有為立憲君主制への執念は、こうした発展史観に裏打ちされたものであった。しかしそれが強固であればあるほどフレキシビリティ欠き辛亥革命成就し皇帝という存在なくなって立憲君主制という理想捨てきることができなかったのである。 さてこの大同三世説を詳述した書物こそ『大同書』である。しかし康有為代表作とされながらも、それが生前に完全な形で刊行されることはなかった。このことが大同三世説を康有為がいつ着想得たのか、という問題惹起した。『大同書』はそのあまりに時代離れした内容から康有為自身公開ためらい刊行しようとしなかった。生前にはその一部1913年冒頭の二章が『不忍雑誌』に掲載されたのみで、ようやく全体刊行されたのは、死後の 1935年になってからである。『我史』(『康有為編年譜』)には、1884年に「『大同書』を著した」とあるが、『大同書』の記述内容使用されている語彙から考えて、これはあり得ない通説では1901年から翌年の間までにほぼ形が固まりその後小さ訂正追加なされたとなっている。

※この「大同三世説と『大同書』」の解説は、「康有為」の解説の一部です。
「大同三世説と『大同書』」を含む「康有為」の記事については、「康有為」の概要を参照ください。

ウィキペディア小見出し辞書の「大同三世説と『大同書』」の項目はプログラムで機械的に意味や本文を生成しているため、不適切な項目が含まれていることもあります。ご了承くださいませ。 お問い合わせ



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「大同三世説と『大同書』」の関連用語

1
10% |||||

大同三世説と『大同書』のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



大同三世説と『大同書』のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
Text is available under GNU Free Documentation License (GFDL).
Weblio辞書に掲載されている「ウィキペディア小見出し辞書」の記事は、Wikipediaの康有為 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS