国際船舶工務所とFMK・ZKとは? わかりやすく解説

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国際船舶工務所とFMK・ZK

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/01/02 03:00 UTC 版)

船舶設計協会」の記事における「国際船舶工務所とFMK・ZK」の解説

大日本帝国海軍1945年11月解体されたものの、まもなく連合国軍占領下の日本における海上警備力の不足が問題になり、1951年10月には、海上保安庁において海上警備のための新機構について検討するためのY委員会設置された。この検討過程で、技術的な側面については、財団法人史料調査会富岡定俊少将中心とした用兵家・技術家集団)や社団法人生産技術協会渋谷隆太郎中将中心とした造機家集団)、そして株式会社国際船舶工務所(KSK; 近藤市郎技術少将および牧野茂技術大佐ほか)が協力する体制形成されていった。なお、牧野大佐多く部下就職斡旋尽力しており、この国際船舶工務所も、川南工業川南豊作社長株主牧野大佐代表取締役社長として、旧海軍艦艇設計者集めた日本初本格的船舶技術コンサルタント会社として1949年設立されたものであったY委員会組織される直前1951年9月時点で、第二復員局から国際船舶工務に対して駆逐艦2500トン型および1500トン型)と海防艦(1,500トン型および1,000トン型)の基本計画概案作成依頼があった。また1952年3月には、横須賀海軍施設アメリカ海軍艦船修理廠(SRF)に勤務する福井又助技術大佐および堀元美技術中佐に、国際船舶工務所の牧野社長(旧技術大佐)、また海上保安庁牧山幸彌旧海軍技師および福井静夫技術少佐の3名を加えて来たるべき警備艦国産化備えた勉強会発足しFMK称された。 1952年8月には保安庁警備隊設置され12月末には、大蔵省からの内示により、翌昭和28年予算多額艦艇建造費が認められる予定となった。この情勢受けてFMKにおいて研究進められ、その成果FM資料として、28年計画船の基本計画資料として活用されていった艦艇建造所決定する造船所資料要望したことから、ZK改名して半公開団体として活動するようになった

※この「国際船舶工務所とFMK・ZK」の解説は、「船舶設計協会」の解説の一部です。
「国際船舶工務所とFMK・ZK」を含む「船舶設計協会」の記事については、「船舶設計協会」の概要を参照ください。

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