営団日比谷線中目黒駅衝突事故に関する指摘
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「久保田博」の記事における「営団日比谷線中目黒駅衝突事故に関する指摘」の解説
2000年3月に発生した営団日比谷線中目黒駅衝突事故の事故調査検討会の具体的改善指示が、最終報告書の表向きの結論である「諸要因の競合」とは別に、車両の軽量化によりシビヤになる輪重比管理を行うよう求め、脱線リスクを数値化して、曲線出口緩和曲線部でのカント低減区間による線路のねじれ箇所などに危険度に応じてガードレール設置義務を課したことに続いて、久保田は翌2001年3月刊の著書『日本の鉄道車両史』の中で、1963年11月に発生した鶴見事故の原因について「当該ワラ1型貨車が、直前就航のワム60000型貨車に類似車両として事前の走行試験が省かれたことで『軽荷重時の走行特性不安定を見逃してしまった』」ことを国鉄技術系幹部として初めて明らかにした。鶴見事故現場直前のカーブ出口緩和曲線カント低減部の線路のねじれ箇所で輪重抜けとなり脱線して大惨事に至ったことは国鉄の公表記録上明らかだったが、走行試験省略で欠陥を見落としたというのは驚愕の記事だった。鶴見事故は実質「原因不明」に等しい「競合脱線」という結論で一旦幕引きが図られたがそれでは収まらず、事故から約5年経過した後に開始された北海道狩勝峠旧線を使っての実車脱線実験専用線での各種走行実験成果の実施で走行特性の改良(車輪踏面形状変更、2段リンク化、貨物ボギー台車のコイルばね換装、ガードレール設置基準の厳格化など)で一応決着させてきたのだが、子細に見ると、元々2段リンク構造のワラ1型の改良に「2段リンク化改造」は有り得ないし、最大800R曲線でも貨物用にはガードレールを設置した根拠としては公けにはされなかったので、営団地下鉄では同社独自基準として140Rまではガードレールを設置しない極端な設置基準が作られたため、輪重比30%余の極端な狂いの車両が運行されてしまい、その結果、営団日比谷線中目黒駅衝突事故として乗客5名死亡等の惨事化してしまっていた。
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