品川区指定文化財
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日什筆曼荼羅 1幅 品川区指定有形文化財(書跡、1983年〈昭和58年〉3月12日指定)。法量縦38×横15.4センチメートル、紙本墨書軸仕立。中央に南無妙法蓮華経の七字を大書し、その左右および下に、多宝・釈迦・四菩薩・日蓮など多数の諸尊名が梵字の種子で書かれている。至徳2年(1385年)に開祖の日什が玄恵坊に授けたもの。 日蓮消息文(上野女房御返事) 1幅 品川区指定有形文化財(書跡、1983年〈昭和58年〉3月12日指定)。日蓮から上野(現・山梨県南アルプス市上野)に住む南条時光夫人に宛てた書簡とされる。宝永8年(1711年)身延山久遠寺の日享等の鑑定状、元文2年(1737年)京都妙満寺日享宛の売渡状が付属している。 日什諷誦文及置文写 1巻 品川区指定有形文化財(書跡、1983年〈昭和58年〉3月12日指定)。寛永14年(1637年)に日葉が京都の寂光寺所蔵の日什の自筆本を書写したもの。 天妙国寺五重塔礎石 品川区指定歴史資料(2009年〈平成21年〉11月25日指定)。妙国寺五重塔は室町時代中頃に建立された後、慶長19年(1614年)に大風により倒壊した。江戸時代初期寛永11年(1634年)徳川家光により再建されたが、元禄15年(1702年)に焼失した。礎石それ自体は元々あった場所から移設されており正確な場所は不明ながら、その存在を実証するもの。3つの礎石が伝来し、うち花崗岩製の礎石が心柱を立てた心礎であったと考えられている。 桃中軒雲右衛門の墓 品川区指定史跡(2007年〈平成19年〉12月25日 指定)。明治・大正時代の浪曲師。赤穂浪士の事跡「義士銘々伝」を得意とし、浪花節中興の祖とされ、浪曲史上に偉大な足跡を残した。
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