名塩鳥の子の特質
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/04/12 13:57 UTC 版)
名塩紙の特徴の一つは、往古から現在も「留め漉き」で漉き立てている。留め漉きは、奈良時代の紙漉きの伝来以来の古代の製紙法が原型であり、古い歴史を有している。 留め漉きの特徴は、紙を漉き上げたのち、漉き桁を「スラシ板」にもたせかけ、生紙に残っている水を垂らしつつ、繊維の密着を図る方法である。これに対して、ほとんどの和紙生産地は、平安時代の官立の紙漉き場の紙屋院で確立された「流し漉き」を用いている。紙を漉くとき、透き舟の前に立って透き舟より紙料を掬い、紙料が漉き桁の竹簀の全面にいきわたるように数回揺り動かす。ここまでは留め漉きも流し漉きも同様である。流し漉きの場合は、簀の上に生紙が形成されると、漉き桁を手元の方へ傾けつつ水を流し、さらに漉き桁を左に傾けて勢いよく残り水を跳ね上げる。これを「捨て水」といい、この操作によって塵やそのたの不純物が除かれる。この捨て水こそが「流し漉き」の特徴であり、紙料に添加する粘材のトロロアオイの強力な速効性によって可能となっている。また流し漉きの操作には、慎重で細心の注意が必要とな。操作如何によっては、紙面に多くのムラや厚薄を生じやすい。こうしたことから、多くの紙漉き産地では繊細な女子の手によって漉かれ、これがいわゆる「紙漉き女」である。名塩紙のもう一つの特質は、「泥入り」にある。 その泥入りは、一部の和紙のように単に着色のために、白土を混入するのではなく、混入する土を雁皮繊維の間に漉き入れて密着固定させている。名塩紙の漉き方は、漉き桁を流し漉きのように前後を中心に揺り動かすだけでなく、さらに左右や斜めにあらゆる角度にも揺する操作をおこなう。このため漉き桁を動かす労力は流し漉きに比較して非常に大きく、女子では負担が過重なので男子によって漉かれている。漉き入れる泥土は、名塩(西宮)の特産の遊離性をもつ火山灰や火山砂で構成されている凝灰岩であり、漉き上げたのち一時、簀の上の生紙を「スラシ板」にもたせかけて静止しておかなければ泥土が繊維に密着しない。このために粘材の「ネリ」も、速効性をもつトロロアオイを用いず、反応のゆるやかなノリウツギを用いる。 名塩鳥の子の漉き方は、泥入り鳥の子であるために、留め漉きを特徴としている。そして、名塩特産の泥入り鳥の子であることが大きな特質であり、全国にその名が知れて、特質を活かした泥間似合紙として襖、屏風、衝立などに用いられ、さらには藩札や手形用紙、箔打ち用紙、薬袋紙などさまざまに用いられた。 『西宮市史』によると、名塩製紙の種類を鳥の子類、半切り類、雑紙類の三つに分けて記している。鳥の子類には、間似合紙、色間似合紙、屏風紙、雲屏風紙、鳥の子紙、五色鳥の子紙、雲鳥の子紙、広鳥の子、土入り鳥の子紙などがある。半切り類には、名塩半切り紙、雑紙類には、名塩松葉紙、浅黄紙、柿紙、水玉紙、薬袋紙、油紙などがある。名塩の長所の一つは、長期保存に耐えることである。 紙はすべて乾湿に対する抵抗力が弱い。室内に張られている襖や障子も湿度が高くなると湿気を吸収し、乾燥すると水分を発散させている。これを繰り返していると、絡み合っている繊維がもどけて紙の組織が崩壊していく。安価な障子紙などは、一年もすると黒ずんで破れやすくなるのはそのためである。ところが名塩紙の場合は、泥土が混入されているために、湿気は泥土が吸収し、これを発散させるために、繊維に対する影響が少なく、耐久性に優れている。また、シミ(紙虫)に強いのは、雁皮の繊維の間を泥土の微粒子が固着して、紙虫の進入を防いでいるからである。このことは、名塩鳥の子の紙質が一段ときめ細やかになるもとになっている。
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