南フロリダの海岸
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/17 06:14 UTC 版)
「オキーチョビー・ハリケーン」の記事における「南フロリダの海岸」の解説
マイアミでは、被害が小さく、窓が割れたり、日よけが飛んだ程度だった。ハリウッドやフォートローダーデールでは、窓や屋根が壊れたが、それでも被害は小さかった。フォートローダーデールでは電線や電話線が多く断線した。その北のポンパノビーチからジュピターにかけて、暴風と10フィート (3 m) の高潮で建物にかなりの被害が出た。ディアフィールドビーチでは小型の木組み家屋がほとんど全て破壊され、少なくとも家屋の50%が破壊されたと推計した市民もいた。町の郵便局、操車場、および企業の全ブロックも破壊された。8歳の少年が、その家族が退避場を求めていた近くの溝で溺れた。ボカラトンでは、車庫2棟と家屋数軒が破壊された。クロイスター・インでは、窓が壊れ、屋根が破損した。その通り向かいでは、フロリダ・イーストコースト鉄道に属する列車の貨物車32両が風によって近くの溝に押し込まれた。北に少し進んだ所で、倉庫がぺしゃんこになった。レストランや店舗が入っていたビルも倒壊した。デルレイビーチでは、4つの教会が大きく壊れ、アルタ・レップ・ホテルとシークレスト・ホテルが屋根の一部を失った。警察は、市内で死者3人と報告した。デルレイビーチとランタナでは、全家屋と鉄道駅が大きく破損した。ボイントンビーチでは企業の約75%が全壊した。高校の講堂に避難している間に、屋根の崩壊で15人が負傷した。 レイクワースでは、家屋の約50%が損傷または破壊され、事業地区にある建物の75%が被害を被った。パームビーチでは、海岸部の被害が大きかった。被害総額は「数百万ドル」と推計された。ウェストパームビーチでは、家屋1,711戸を破壊し、他に6,369戸に損傷を与えた。企業268軒が破壊され、490軒が損傷を受けた。同市が最も被害が大きく、総額は1,380万ドルになった。同様にパームビーチでも風の被害が大きかった。ザ・ブレーカーズ、ロイヤル・ポインシアナ・ホテル、ホワイトホールなどヘンリー・フラグラーが造らせた建物が損傷を受けた。マージョリー・メリウェザー・ポストによれば、マール・ア・ラゴでは、木が根こそぎ倒れたり、大きなローマ様式の窓が壊れた以外、被害は小さかった。「ラ・ゲリダ」、後にジョン・F・ケネディが大統領だった時に「冬のホワイトハウス」として使われたロドマン・ワナメイカーの家は、この嵐で大きな損傷を受けた。アルバ、ビロウズ、ニューパームビーチ、ロイヤル・ダネリ各ホテルは全て水の被害を受け、アルバ・ホテルは屋根も壊れた。近くにあるレインボー・ピアはそのレールに構造的な損害を受けただけだったが、桟橋の事務所が吹き飛ばされた。パームビーチでは、ホテル10軒を含む建造物約600が損傷を受け、被害総額は約200万ドル以上となった。 ハリケーンの目を囲む壁の中で最強の風がパームビーチ郡北部、特にジュピターの近辺に影響した。ハリケーンの目はかなり南で上陸したからだった。ジュピター入り江灯台では、嵐の間にモルタルがレンガの間で「歯磨き粉のように押し付けられ」、灯台を基礎から17インチ (430 mm) ずらした。灯台守のシーブルック大尉とその息子フランクリンは、停電になった後も嵐の中で灯りを保つために務めた。発電機が働かなくなると、灯りのマントルのクランクを手で回した。もとは気象予報局に使われていた建物が破壊された。その近くで、1軒の家屋が崩壊し、6人が死亡した。ジュピターの西では、住民が避難場所にしていた学校が崩壊し、ここでも6人が死亡した。
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