事実上の銀本位制とは? わかりやすく解説

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事実上の銀本位制

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/29 14:41 UTC 版)

日本の金貨」の記事における「事実上の銀本位制」の解説

明治1020年代多額金貨海外流出したことや、自由鋳造要求減退金貨製造衰退する一方で一圓銀貨製造高は躍進し続け明治11年1878年5月27日には一圓銀貨国内において無制限法貨認め明治11年太政官布告35号日本事実上の金銀複本位制となり、明治9年1876年3月4日には金貨百圓貿易一圓銀貨百圓等価明治9年太政官布告27号)とされており、金銀比価は1:16.17となった。しかし、金貨流通はほとんど無く事実上銀本位制の状態であり、兌換銀行券金準備不備から兌換銀券発行のみであった国際的な銀相場下落に伴い明治20年代後半には圓は金に対し明治初期約半分下落していた。当時大蔵大臣であった松方正義通貨安定を図るためには本格的な金本位制不可欠であるとしていた。政府通貨制度検討するため、明治26年1893年10月貨幣制度調査会設置し近年金銀相場変動原因金銀相場経済に及ぼす影響物価動向、および貨幣制度改正および金本位制の是非などについて調査し明治28年1895年7月松方大蔵大臣調査書提出したこの内容は明治28年、同会発行の『貨幣制度調査会報告』に見ることができる。その結果貨幣制度調査会では通貨制度改革必要性唱える者が多数占めたが、金準備の不足から本格的な金本位制踏み切るのは困難との意見多数占めていた。 折しも日清戦争賠償ならびに遼東半島返還に伴う代償等の合計額が銀2億3150万両テール)と決まり、これに相当する金として、英国金貨3808ポンド明治28年から約3年かけて清国から受領した明治29年1896年)、再び内閣総理大臣に就任大蔵大臣兼任することとなった松方正義はこれを好機として、本格的に金本位制施行踏み切った

※この「事実上の銀本位制」の解説は、「日本の金貨」の解説の一部です。
「事実上の銀本位制」を含む「日本の金貨」の記事については、「日本の金貨」の概要を参照ください。

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