レビュースター
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/15 13:58 UTC 版)
松竹歌劇のスターとしての瀧子は、歌、ダンス、芝居いずれにも特別秀でていたわけではなかった。ファン誌『タアキイ』の中でさえ「踊りが――歌が――芝居が――格段に優れてゐると云ふのでもない水ノ江瀧子、それでゐてあのシツクなスマートな舞台に魅悩されずにはゐられない水ノ江瀧子の芸風、一体彼女の技能は奈辺にあるのだらうか」と問われた。瀧子自身も芸のない自分になぜ人気があるのか分からず、師と仰いだ青山杉作に尋ねたところ、「君が出てくると、舞台がパッと明るくなるんだよ。それは誰でも持ってるものではないから、大事にしなさい。それも芸のうちだから」と諭されたという。また瀧子は自身の引退会見で「私にはなんにも芸がない」とした上で「パーソナリティだけで舞台に出ていた」と述べた。 他方、青山杉作は『タアキイ』で瀧子の長所について尋ねられた際、形を見せただけで演出家の意図をたちどころに理解する「感の良さ」を挙げ「私は千人近い人を役者として扱ってきましたが、あの教養とあの年齢に対して、あの感の良さに及んだ人は一人も無かったでしょう」と賞賛している。また、引退会見についての記事を書いた評論家の尾崎宏次は、恥じることなく自身を無芸と評した瀧子への憤りを露わにしつつ、「少女歌劇というへんてこなものが存在してきたことのなかでターキーほどの愛嬌を、つまりショウマン・シップを示したスターはいなかった」と評した。これに対し、女優・作家の中山千夏は、尾崎が瀧子の最後の舞台について「お客をよろこばせるコツを心得ていた」と評していることについて「そのコツこそ芸でなくて何だろう?そのコツを分析評論するのが芸能評論だと私は思っていたが」と批判した上で、「パーソナリティが才能なのではない、大衆の好むパーソナリティを、舞台という不自由な空間で表現できること、それが大衆を掴む彼女のコツであり、才能なのだ。つまりは自分を突き放して立つ強烈な自我、それが彼女の天才だったし、演技者になって以来、彼女はその天才に日夜磨きをかけたのだ」と評している。 また瀧子は、ダンスについては「一番上手かったときは、SKDの中でもうまかったんじゃないかな。私は感情をだすのがうまかったんです」と述懐しており、特に青山圭男の振付では独特の特徴が出たとしている。また男装が映えた理由について、顔が小さく、細身である割に肩幅が広かったことから、逆三角形の体型でスマートに見えたらしい、と述べている。1933年の『東京踊り』では、観劇したスウェーデン公使から「日本婦人に稀な美しき肢体の持ち主」と賞賛されたと機関誌『楽劇』に記されている。瀧子は同年代の女性としては長身であり、身長5尺5寸(約166.7cm)であった。 トランスジェンダーおよびその文化の研究者である三橋順子は、日本において男性の女装が、女性の男装ほど寛容に扱われない背景を論じる中で、瀧子と川島芳子を戦前日本における「『男装の麗人』の2大スター」と呼び、両者の人気により男装のイメージが上がったとしている。
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