フーリエ変換NMR
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フーリエ変換NMR(フーリエへんかんNMR、FT-NMR)とは、静磁場中のサンプルにパルス磁場を与え、その後観察されるインパルス応答である自由誘導減衰 (FID) をフーリエ変換することで核磁気共鳴 (NMR) の吸収スペクトルを得る手法である。
概要

連続波(CW)法では様々な周波数の磁場を掃引しながら系に与える。一方でフーリエ変換NMRではパルス磁場を系に与える。この2つの入力、つまり「多数の周波数成分の和」と「パルス」は、互いにフーリエ変換の関係になっている。また系が線形応答するときは、入力の間の数学的関係(つまりフーリエ変換)が、そのまま出力の数学的関係に伝達される。つまりCW法で得られる応答と、パルス法で得られる応答との間にもフーリエ変換の関係が成り立っている。このことからパルス磁場を与えたときのインパルス応答をフーリエ変換することにより、CW法で得られる吸収曲線と分散曲線と同じものが得られる。
線形応答理論によればインパルス応答関数のフーリエ変換は周波数応答関数を与える。周波数応答関数はある周波数の電磁波が吸収される程度を表す関数であるから、これはNMRスペクトルに他ならない。それゆえにインパルス(パルス状の電磁波)を試料に当ててすべての核を一斉に励起し、その結果生じる磁化ベクトルの変化、すなわち自由誘導減衰 (Free Induction Decay, FID) を測定し、これをフーリエ変換したものは虚部が分散スペクトル、実部が吸収スペクトル(エネルギー散逸、パワーロス)になっている。またこの2つのスペクトルの間にはクラマース・クローニッヒの関係が成立する。
NMRのほとんどの応用は、完全なNMRスペクトル、つまり周波数の関数としてのNMRシグナルの強度を含む。単純な連続波 (CW) 法よりも効率的にNMRスペクトルを得るための初期の試みでは、2つ以上の周波数で同時に標的に光を当てる手法が使われていた。NMRにおける革命は、高周波の短パルスが使われ始めた時に起こった。簡単に言えば、任意の「キャリア」周波数の矩形パルスは、さまざまな範囲の周波数を「含んで」おり、励起の幅(バンド幅)はパルスの持続時間と反比例する。近似方形波のフーリエ変換は、主周波数の隣接領域における全ての周波数の寄与を含んでいる。NMR周波数の範囲が制限されていることによって、全NMRスペクトルを励起するための短い(ミリ秒からマイクロ秒)高周波パルスを使うことが比較的容易となっている。
こういったパルスを一連の核スピンに印加すると、全ての単一量子NMR遷移が同時に励起される。総磁化ベクトルの観点からは、(外部磁場に沿って並んだ)平衡位置から磁化ベクトルが傾くことに対応する。平衡から外れた磁化ベクトルは、スピンのNMR周波数における外部磁場ベクトルに対して歳差運動する。この周期的に振動する磁化ベクトルはすぐ近くの検出コイルに電流を誘導し、NMR周波数における電気シグナルの周期的な振動を作る。このシグナルは自由誘導減衰 (FID) として知られており、全ての励起スピンからのNMR応答のベクトル和を含んでいる。周波数領域のNMRスペクトル(NMR吸収強度 vs. NMR周波数)を得るためには、この時間領域シグナル(強度 vs. 時間)をフーリエ変換しなければならない。幸運なことに、フーリエ変換NMRの開発は、デジタルコンピュータやデジタル高速フーリエ変換の開発と同時期に起こった。フーリエ法は多くの分光法の種類に適応することができる。
歴史
1948年にRussell H. Varianがヴァリアン・アソシエイツを設立して自由誘導減衰信号の検出に関して記述した "Method and means for correlating nuclear properties of atoms and magnetic fields" を出願した[1]。1954年に久保亮五、冨田和久らにより線形応答理論に基づいたフーリエ変換NMRの基礎理論が提唱された。1956年にRussell H. Varianがフーリエ変換NMRの概念に関して記述した "Gyromagnetic resonance methods and apparatus" を出願した[2]。1957年にフッ化カルシウムを用いてフーリエ変換NMRがはじめて測定された。1964年にヴァリアン社のパルスNMRの先駆者の一人であるリヒャルト・R・エルンストとWeston A. Andersonによってフーリエ変換NMRが開発された[3][4]。エルンストは1968年に帰国してチューリヒ工科大学で1971年にジャン・ジェーネル (Jean Jeener)が発表した二次元NMRの着想を基に二次元フーリエ変換分光法を開発して、フーリ変換NMRと多次元NMRの開発における業績[5][6][7]で1991年のノーベル化学賞を受賞した。
理論
以下では、磁気共鳴に関する議論を総括した久保亮五と冨田和久の論文[8]による理論的展開について説明する。彼らは階段型の磁場に対する応答を考えた。
動磁化率を用いた磁化の記述
z軸方向の静磁場
- Thomas C. Farrar, Edwin D. Becker (1971-9-11) (English). Pulse and Fourier Transform NMR Introduction to Theory and Methods. Academic Press. ISBN 978-0-122-49650-9
- Thomas C. Farrar、Edwin D. Becker 著、赤坂一之, 井元敏明 訳『パルスおよびフーリエ変換NMR 理論および方法への入門』吉岡書店、1979年1月1日。ISBN 978-4-842-70181-3 。
- 北丸竜三『核磁気共鳴の基礎と原理』共立出版、1987年9月1日。ISBN 978-4-320-04212-4 。
- Jeremy K. M. Sanders, Brian K. Hunter (1993-3-25) (English). Modern NMR Spectroscopy A Guide for Chemists. Oxford University Press. ISBN 978-0-19-855567-4
- Jeremy K. M. Sanders、Brian K. Hunter 著、坂口潮 訳『NMRガイドブック』廣川書店、1992年1月1日。ISBN 978-4-567-25450-2。
- Ray Freeman (1997-4-1) (English). A Handbook of Nuclear Magnetic Resonance. Longman Publishing. ISBN 978-0-582-25184-7
- Ray Freeman 著、坂口潮, 嶋田一夫, 荒田洋治 訳『NMRハンドブック』共立出版、1992年3月10日。ISBN 978-4-320-04285-8 。
関連項目
フーリエ変換NMR
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「核磁気共鳴分光法」の記事における「フーリエ変換NMR」の解説
詳細は「フーリエ変換NMR」を参照 フーリエ変換(Fourier transform)NMR(FT-NMR)は現在主流の測定方法である。線形応答理論によればインパルス応答関数のフーリエ変換は周波数応答関数を与える。周波数応答関数はある周波数の電磁波が吸収される程度を表す関数であるから、これはNMRスペクトルに他ならない。それゆえにインパルス(パルス状の電磁波)を試料に当ててすべての核を一斉に励起し、その結果生じる磁化ベクトルの変化、すなわち自由誘導減衰 (FID) を測定し、これをフーリエ変換することで NMR スペクトルを得ることができる。パルス磁場によりFIDが誘起されることはNMRの初期から分かっていたが、複雑なFIDから周波数情報を取り出すフーリエ変換の良い方法がなかったために分光法として用いられるようになったのはかなり後になってからである。FT-NMRではすべての周波数を同時に観測することができるため、測定時間が大幅に短縮された。また高速フーリエ変換のアルゴリズムの開発およびコンピューターハードウェアの発達によりフーリエ変換の計算時間も短縮され、二次元NMR測定のような膨大なデータを処理する必要のある測定も実用的となった。なお、CW-NMRは照射された電磁波の正味の吸収を測定しているのに対し、FT-NMRでは電磁波によって生成したスピンのコヒーレンスに伴う磁化を測定している違いがある。FT-NMRではさまざまなコヒーレンスを選択的に生成することによって特定の情報のみを抽出する多くの測定法が開発された。
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