ニケフォロス1世とは?

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ニケフォロス1世

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/05/16 07:47 UTC 版)

ニケフォロス1世古代ギリシア語: Νικηφόρος Α΄ (Nikephoros)、ラテン語: Nicephorus I760年? - 811年7月26日)は、東ローマ帝国皇帝(在位:802年10月31日 - 811年)。




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  1. ^ 6- 7世紀に帝国の国力が衰微し、異民族の侵入が相次いだ時代、現代のギリシャの地にいたギリシア人の多くが南イタリアマグナ・グラエキア)や小アジアへ逃げていた。この政策はこれらのギリシア人を故地に戻そうとするものであったと言われている
  2. ^ 実の息子から帝位を簒奪したエイレーネーには人望が無く、人気取りのために無理な減税を行って財政を破綻させていた。
  3. ^ 宝物とは、古代末期の異民族の侵入により、バルカン半島では古代ギリシア以来の都市の多くが放棄され、ギリシア人が逃亡してしまったが、その際に住民達が貨幣などを地中に埋めて逃げていったものを指すと言われている。この政策は、イサウリア王朝以降、帝国が安定を取り戻しつつあり、かつての都市のあった場所に住民が戻ってきていたことを示していると言われる。
  4. ^ この和約によって両国の版図は確定されたが、東ローマ側がカールの帝位を容認することは無かった。


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