キッスのメンバーとして
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「エリック・カー (ミュージシャン)」の記事における「キッスのメンバーとして」の解説
エリック・カーの初参加アルバムは、神秘主義的なアートロック方向に舵を切った1981年11月16日リリースの『〜エルダー〜 魔界大決戦』。エリックは収録曲「薔薇の紋章の下(Under The Rose)」にグレゴリオ聖歌スタイルのコーラスを導入するアイデアを出すなど、アルバム制作に大いに貢献した。 1981年の『暗黒の神話(Creatures of the Night)』以降バンドがヘヴィメタル・スタイルに転換するとさらに本領を発揮。得意のヘヴィドラミングでキッスの80年代以降におけるヘヴィ路線の牽引役となった(ジーン・シモンズは、エリック・カーの加入は、ジャズ寄りのスタイルのピーター・クリスがプレイし続けるよりも、グループのヘヴィ路線転向に好都合だったと述べている)。 ステージではドラマーとしてのみならずヴォーカリストとしても活躍。キッスのセールスポイントでもあるキャッチーなコーラスを支えたほか、「ブラック・ダイヤモンド(Black Diamond)」「青い暴走(Young And Wasted)」などの曲ではドラムをプレイしながらリードヴォーカルも務めた。声質はやや通りの悪いくぐもったダミ声ではあったが、前任者ピーター・クリスよりもはるかにスピーディでアグレッシヴなヘヴィメタル・スタイルのドラミングをプレイしながら、「アンダー・ザ・ガン(Under The Gun)」のようなスピード・ナンバーにおいても難なくコーラスをつけられる力量があった。彼のリード・ヴォーカルが初めてスタジオ録音されたのは、前任者ピーターの持ち歌で1976年に大ヒットした古典バラード「ベス(Beth)」の再録で、1988年の編集アルバム『グレイテスト・キッス(Smashes, Thrashes & Hits)』に収められた。 1989年には「リトル・シーザー(Little Caesar)」を作曲し、ブルース・キューリックとともにデモ・レコーディングした。グループにそのデモを持ち込んだところジーン・シモンズが詞を書き足して完成され、1989年リリースの『ホット・イン・ザ・シェイド(Hot In The Shade)』に収録された。 ドラマー、ヴォーカリスト以外に曲作りでもグループに貢献し、「地獄の饗宴(ALL HELL'S BREAKIN' LOSE)」「アンダー・ザ・ガン(Under The Gun)」「ノー・ノー・ノー(No, No, No)」などを他のメンバーと共作している。 ファンに対しては非常に気さくなキャラクターで、他のオリジナルメンバー以上にファンにフレンドリーに接し人気を博した(グループで最も熱心にファンレターに返事を書き、ファンの求めるサインにも気軽に応じた)。
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