カオス理論家とは? わかりやすく解説

Weblio 辞書 > 辞書・百科事典 > 百科事典 > カオス理論家の意味・解説 

カオス理論

(カオス理論家 から転送)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/08/02 18:45 UTC 版)

カオス性を持つローレンツ方程式の解軌道

カオス理論(カオスりろん、: chaos theory: Chaosforschung: théorie du chaos)とは、力学系の一部に見られる、数的誤差により予測できないとされている複雑な様子を示す現象を扱う理論である。カオス力学ともいう[1][2]

ここで言う予測できないとは、決してランダムということではない。その振る舞いは決定論的法則に従うものの、積分法による解が得られないため、その未来(および過去)の振る舞いを知るには数値解析を用いざるを得ない。しかし、初期値鋭敏性ゆえに、ある時点における無限の精度の情報が必要であるうえ、(コンピューターでは無限桁を扱えないため必然的に発生する)数値解析の過程での誤差によっても、得られる値と真の値とのずれが増幅される。そのため予測が事実上不可能という意味である。地震、森林火災、株式市場の価格変動など、多くのカオスシステムは、根底にべき乗分布を呈しています。これらのシステムでは、分布に関する知識に基づく確率予測は、決定論的な予測が困難な場合でも成功する可能性があります。このようなアプローチは、過去数十年にわたり、地震工学、環境研究、経済学、金融などの分野におけるリスク分析に用いられてきました。[3]

カオスの定義と特性

ある初期状態が与えられればその後の全ての状態量の変化が決定される力学系と呼ぶ[4]。特に、決定論に従う力学系を扱うことを強調して決定論的力学系とも呼ばれる[5]。カオス理論において研究されるカオスと呼ばれる複雑で確率的なランダムにも見える振る舞いは、この決定論的力学系に従って生み出されるものである[6]。この点を強調するためカオス理論が取り扱うカオスを決定論的カオス(deterministic chaos)とも呼ぶ[4]。複雑で高次元の系ではなくとも、1次元離散方程式や3次元連続方程式のような非常に簡単な低次元の系からでも、確率的ランダムに相当する振る舞いが生起される点が決定論的カオスの特徴といえる[7][8]。この用語は、カオス理論以前から存在するボルツマンにより導入された分子カオスと呼び分ける意味合いもある[9]。ボルツマンによるカオスは確率論的乱雑さを表しており、カオス理論におけるカオスとは概念が異なる。

カオス理論におけるカオスの厳密な定義は研究者ごとに違い、まだ統一的な定義は得られていない[10][11]。できるだけ簡単な表現でまとめると、カオスの定義あるいはカオスと呼ばれるものの特性とは、「非線形決定論力学系から発生する、初期値鋭敏性を持つ、有界な非周期軌道」といえる[12][13][14][15]。また、このような軌道を含む力学系の性質を指してカオスとも呼ぶ[6][16][17]。軌道を指していることを明らかにする場合はカオス軌道(chaotic orbit)と呼ぶ場合もある[14][17]。以下に、もう少し詳細に説明する。

非線形性

力学系には大きく分けて線形力学系と非線形力学系が存在するが、線形力学系ではカオスは発生しない[18]。その系からカオスが生起されるためには、系が何らかの非線形性(nonlinearity)を持つ必要がある[19][15]。言い換えると、軌道を生成する系が非線形力学系であることは、その系からカオスが生起されるための必要条件である。これの十分条件は満たされず、すなわち、非線形力学系であれば必ずカオスが生起するわけではない。以下に述べる特性と違い、非線形性はカオス軌道自体の特性というよりは、カオスを生起する系の特性である。

初期値鋭敏性

カオスの定義あるいは特性として第一に挙げられるのが初期値鋭敏性(sensitivity to initial conditions)である[20][21][注 1]。これは、同じ系であっても初期状態に極僅かな差があれば、時間発展と共に指数関数的にその差が大きくなる性質である[6]。この性質は軌道不安定性(orbital instability)と言い換えられることもある[25][26][27]。定量的には、この初期値鋭敏性は、リアプノフ指数、コルモゴロフ-シナイエントロピーなどで評価される[26][28]

初期値鋭敏性により極めて小さな差も指数関数的に増大していくので、初期値鋭敏性を有する実在の系の将来を数値実験で予測しようとしても、初期状態(入力値)の測定誤差を無くすことはできないので、長時間後の状態の予測は近似的にも不可能となる[29][26][27]。このような性質は長期予測不能性(long-term unpredictability)[26]予測不可能性(unpredictablity)[29]などとも呼ばれる。一方で、たとえカオスであっても決定論的法則から発生されるものであるため、短時間内であれば有用な予測は可能といえる[30][15]。以上のような性質は、標語的にバタフライ効果(butterfly effect)と呼ばれる。

有界性

初期値鋭敏性、すなわち指数関数的に初期状態の差が広がる軌道を有する系というだけでは、カオスには該当しない[15][31]。カオス軌道であるためには軌道がある有界な範囲に収まる必要がある[15][13][14]。このようなカオスの特性は有界性(boundedness)とも呼ばれる[26]

初期値鋭敏性のみではカオスとならない例として、

ロジステック写像 x → r x (1 ? x )
横軸は

カオスの判定

カオスにはその必要十分条件が与えられていないことから、カオスの判定は複数の定義の共通を持って、カオス性があるという判定以外に方法が無い。このため、カオスの判定とは必要条件という性質を持つ。多くは、スペクトルの連続性、ストレンジアトラクタ、リアプノフ指数、分岐などを以ってカオスと判定している。

しかしながら、ただのランダムノイズであっても、リアプノフ指数が正になるといった事例が指摘され、こういった面よりノイズとカオスは区別はつかない。そのため、例えばリアプノフ指数や、何をもってストレンジアトラクタと見なすかの指標をそのまま信用してカオスと判定して良いかという問題が起きる。

1992年に、ノイズか決定論的システムから作成されたデータかどうかを検定する「サロゲート法」が提案された。サロゲート法は基本的には統計学における仮説検定にもとづく手法であるため、与えられたデータが検定にパスした場合でも、そのデータについて「仮定したノイズであるとは言いがたい」という主張はできるが、「カオスである」という断定をすることはできず、その意味で決定的な検定方法ではない。以下サロゲート法の概要について説明する。

サロゲート法

サロゲート法には様々な方法がある。代表的な「フーリエ変換型サロゲート法」について述べる。

帰無仮説: 元時系列は、(予め仮定する)ノイズである

有意水準をαとする
  1. 元時系列のパワースペクトルを計算
  2. パワースペクトルを元時系列とし、位相をランダムに設定した新スペクトルをN個作成
  3. 新スペクトルをフーリエ逆変換して、新時系列をN個作成(これらをサロゲートデータと呼ぶ)
  4. 元の時系列の統計値<N個の新時系列の統計値の下α/2を与える値 または N個の新時系列の統計値の上α/2を与える値<元の時系列の統計値 → 帰無仮説棄却(ノイズとは言えない)

脚注

注釈

  1. ^ 「初期値に対する鋭敏な依存性」[22]、「鋭敏な初期値依存性」[23]、「初期値鋭敏依存性」[24]、など表記にばらつきはある。

出典

  1. ^ 下條 1992.
  2. ^ 早間 2002.
  3. ^ Guerriero, Vincenzo; Tallini, Marco (2025-06-02). “Power law distribution and multi-scale analysis in Earth sciences, finance, and other fields: Some guidelines to parameter estimation”. Chaos: An Interdisciplinary Journal of Nonlinear Science 35 (6): 063102. doi:10.1063/5.0259215. ISSN 1054-1500. https://doi.org/10.1063/5.0259215. 
  4. ^ a b 合原・黒崎・高橋 1999, p. 228.
  5. ^ 井上 1997, p. 51.
  6. ^ a b c d 下條 1992, p. 2.
  7. ^ a b 井上 1997, p. 81.
  8. ^ 合原 2011, p. 7.
  9. ^ Devaney 1990, p. 267.
  10. ^ a b 合原 1990, pp. 14–16.
  11. ^ 合原・黒崎・高橋 1999, p. 44.
  12. ^ 合原 1990, p. 1.
  13. ^ a b 船越 2008, p. 14.
  14. ^ a b c d アリグッド・サウアー・ヨーク 2012, p. 120.
  15. ^ a b c d e 井上 1997, p. 56.
  16. ^ Lorenz 1997, p. 19.
  17. ^ a b c 森・蔵本 1994, p. 135.
  18. ^ 井上 1997, p. 54.
  19. ^ 合原・黒崎・高橋 1999, p. 14.
  20. ^ アリグッド・サウアー・ヨーク 2012.
  21. ^ a b エイブラハム・ウエダ 2002, p. 165.
  22. ^ 合原・黒崎・高橋 1999, p. 230.
  23. ^ 下條 1992, p. 261.
  24. ^ エイブラハム・ウエダ 2002, p. 192.
  25. ^ 船越 2008, p. 170.
  26. ^ a b c d e f g 合原 2011, p. 9.
  27. ^ a b 森・蔵本 1994, p. 151.
  28. ^ 下條 1992, p. 109.
  29. ^ a b 船越 2008, p. 11.
  30. ^ Grebogi/Yorke 1999, p. 2.
  31. ^ a b 船越 2008, p. 12.
  32. ^ 井上 1997, p. 26.
  33. ^ 下條 1992, p. 64.
  34. ^ Weisstein, Eric W. “Chaos”. MathWorld. Wolfram Research. 2014年12月11日閲覧。
  35. ^ 早間 2002, p. 57.
  36. ^ Devaney 1990, p. 40.
  37. ^ a b Devaney 1990, p. 39.
  38. ^ J. Banks, J. Brooks, G. Cairns, G. Davis, P. Stacey (1992), “On_Devaney's_Definition_of_Chaos”, The American Mathematical Monthly (Mathematical Association of America) 99 (1992, April), https://www.researchgate.net/publication/235605725_On_Devaney's_Definition_of_Chaos 2020年7月25日閲覧。 
  39. ^ Devaney 1990, p. 13.
  40. ^ a b 山口昌哉・蔵本由紀. “複雑な現象に立ち向かう現代物理学 多様性に潜む「コト」の不変性 Chap.2”. Science Talk. 東芝. 2014年12月10日閲覧。
  41. ^ a b Maxwell, James Clerk, Larmor, Joseph, Sir. “Matter and motion pp.13-14”. California Digital Library. University of California Libraries. 2014年12月10日閲覧。
  42. ^ Grebogi/Yorke 1999, p. 29.
  43. ^ Jules Henri Poincare (1890) "Sur le probleme des trois corps et les equations de la dynamique. Divergence des series de M. Lindstedt," Acta Mathematica, vol. 13, pages 1?270.
  44. ^ Florin Diacu and Philip Holmes (1996) Celestial Encounters: The Origins of Chaos and Stability, Princeton University Press.
  45. ^ B. van der Pol and J. van der Mark (1927) "Frequency demultiplication," Nature, vol. 120, pages 363?364. See also: Van der Pol oscillator
  46. ^ a b 合原 1990, p. 21.
  47. ^ 合原 1990, p. 20.
  48. ^ エイブラハム・ウエダ 2002, p. 158.
  49. ^ Edward N. Lorenz, "Deterministic non-periodic flow," Journal of the Atmospheric Sciences, vol. 20, pages 130?141 (1963).
  50. ^ 合原・黒崎・高橋 1999, p. 43.
  51. ^ エイブラハム・ウエダ 2002, p. 53.

参考文献

  • 下條隆嗣、1992、『カオス力学入門 ―古典力学からカオス力学へ』初版、近代科学社〈シミュレーション物理学6〉  ISBN 4-7649-2005-0
  • Robert L. Devaney、後藤憲一(訳)、1990、『カオス力学系入門 第2版』初版、共立出版  ISBN 4-320-03280-2
  • 合原一幸・黒崎政男・高橋純、遠藤諭(編)、1999、『哲学者クロサキと工学者アイハラの神はカオスに宿りたもう』初版、アスキー  ISBN 4-7561-3133-6
  • 井上政義、1997、『やさしくわかるカオスと複雑系の科学』初版、日本実業出版社  ISBN 4-53402492-4
  • ラルフ・エイブラハムほか、ラルフ・エイブラハム、ヨシスケ・ウエダ(編)、稲垣耕作・赤松則男(訳)、2002、『カオスはこうして発見された』初版、共立出版  ISBN 4-320-03418-X
  • Celso Grebogi, James A. Yorke(編)、香田徹ほか(訳)、1999、『カオス・インパクト ―カオスは自然科学と社会科学に何をもたらしたか』第1版、森北出版  ISBN 4-627-21321-2
  • 合原一幸ほか、合原一幸(編)、1990、『カオス ―カオス理論の基礎と応用』初版、サイエンス社  ISBN 4-7819-0592-7
  • 池口徹・山田泰司・小室元政、合原一幸(編)、2011、『カオス時系列解析の基礎と応用』第4刷、産業図書  ISBN 978-4-7828-1010-1
  • 船越満明、2008、『カオス』初版、朝倉書店〈シリーズ 非線形科学入門3〉  ISBN 978-4-254-11613-7
  • K.T.アリグッド・T.D.サウアー・J.A.ヨーク、シュプリンガー・ジャパン(編)、津田一郎(監訳)、星野高志・阿部巨仁・黒田拓・松本和宏(訳)、2012、『カオス 第1巻 力学系入門』、丸善出版  ISBN 978-4-621-06223-4
  • E. N Lorenz、杉山勝・杉山智子(訳)、1997、『ローレンツ カオスのエッセンス』初版、共立出版  ISBN 4-320-00895-2
  • 森肇・蔵本由紀、1994、『散逸構造とカオス』、岩波書店  ISBN 4-00-010445-4
  • 早間慧、2002、『カオス力学の基礎』改訂2版、現代数学社  ISBN 4-7687-0282-1

関連項目




英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

カオス理論家のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



カオス理論家のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのカオス理論 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS